乳幼児を激しく揺さぶって脳にダメージを与える「揺さぶられっ子症候群(SBS)」。2010年代半ばから、親や親族がこの虐待を行ったとして逮捕される事件が相次いだ。しかしその多くはえん罪だった――。なぜえん罪は起こったのか? マスメディアの責任は? 事件を追い続けてきたテレビ記者による渾身のドキュメンタリーだ。【写真】この記事の写真を見る(14枚)◆◆◆
「上田さん、思いませんか? こいつがやったに違いないって報道してますよね」
無実を訴える男性のインタビュー映像を見つめ考え込む、関西テレビ(カンテレ)の上田大輔記者。本作の監督だ。そこにタイトル『揺さぶられる正義』が浮かび上がる。えん罪被害者はマスコミ不信を募らせている。逮捕時に容疑者として大きく報じられるのに、裁判で無罪になっても犯罪者扱いのイメージはぬぐえない。ニュースの“正義”が揺らぐ中、「報道のあり方を変えたい」という上田さんの決意が全編を貫いている。
隠れた主役は幼い子どもたち。事故や病気などで脳にダメージを受け、亡くなった子もいる。それが子どもを激しく揺さぶった「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome=SBS)」だとされ、親や近しい人が罪に問われる事件が相次いだ。これに上田さんは疑問を抱く。
「そこまで激しい揺さぶりをする親が、そんなにいるだろうか?」
ここで、上田さんが家で子どもとたわむれる映像が流れる。肩車であやし、ふざけて子どもの足を嗅いで、笑い声をあげる。本筋と無関係のようだが、親としての率直な違和感が取材の原点にあることを示す。同時に、記者として他人の自宅に上がり込み取材をする立場で、自らの私生活も表に出そうという覚悟が感じられる。
上田さんの取材を支えたのが秋田真志弁護士。大阪で刑事弁護の第一人者として名をはせる。裁判所に近い居酒屋で秋田弁護士が仲間と語らうシーンがある。上田さんが「無実だと言っていたのに裏切られたことは?」と尋ねると、
「そんなん、しょっちゅうありますよ。信じなかったら始まりませんからね」
続く言葉に凄みがある。
「だまされるのは弁護士の役割ですよ」
きっぱりと、でも穏やかな表情で語っている。秋田弁護士はかつて記者の間で、取材になかなか応じない難物として知られていた。森友学園の籠池泰典元理事長の詐欺事件で主任弁護人となった際、NHK記者だった私は取材を試みたがまったく相手にされなかった。それがこの映画では取材にしっかり応じている。と言うか、上田さん、めちゃめちゃ食い込んでるやないの。取材の本気度に秋田弁護士が応えたのだろう。
秋田弁護士は日々えん罪が疑われる裁判と向き合うだけに現状に手厳しい。
「真実っていうのは黒か白かじゃなくて、本当に黒と言い切れるのかどうか、わからないというのも一つの真実なんです。わからないことも黒だと言おうとしてるっていうのは、真実の問題をはき違えてる」
その問題を象徴するような発言が、検察側の証人になった医師から飛び出る。
「えん罪をなくすため児童虐待が無罪になっても構わないのか、それとも児童虐待を見逃さないため“ものすごい低い確率”でえん罪が入っても仕方ないのか」
そう問いを立てた上で、「僕は小児科医だから最終的には子どもを取りますよ」と語る。虐待をなくすためにはえん罪があっても仕方ないと言わんばかりだが、“ものすごい低い確率”に自分が当たって無実の罪に問われてもいいのだろうか?