採用AIという「見えない裁判官」 その判定に理由はあるのか

カフカの小説『審判』で、主人公ヨーゼフ・Kは、ある朝突然逮捕される。罪状は告げられない。裁判官は見えない。彼は「なぜ裁かれているのか」を最後まで知らされないまま、処刑される。【画像】笑い飛ばせない時代がやって来たこれは不条理文学の古典だ。だが、もはや笑い飛ばせない時代が来ている。

 2021年、米国のAI面接プラットフォーム、HireVue社は「表情分析」機能を廃止した。応募者の表情・声のトーン・語彙(ごい)をスコア化し、合否に関与させていたシステムだ。

 廃止の理由は単純だった。「なぜ不合格なのか」を採用企業が説明できなかったからだ。判定は下るが、根拠は見えない。ヨーゼフ・Kの裁判は、21世紀の採用現場に実装されていた。

 同じ技術が、日本の採用現場にも静かに浸透している。ROXX社(東京都新宿区)が提供する「ZキャリアAI面接官」は、応募者の表情・声を解析し、企業が設定した「理念キーワード」への合致度をスコアとして数値化する。

 ZENKIGEN社(東京都千代田区)が手掛ける「harutaka」は、神戸大学との共同研究で蓄積した1500万件超の面接動画データを基盤に、表情や発話パターンの解析指標を可視化する。

 DuDo社(東京都豊島区)が展開する「DuDo AI面接」は、AIアバターが「応募者の緊張を和らげ、本音を引き出す」ことを設計意図として明示する。

 だが、改めて問わなければならない。その1500万件のデータに、過去の採用担当者の偏見が含まれていないと言い切れるのか。「理念キーワード」は誰が設定し、何を静かに排除しているか。「本音を引き出す」アバターは、候補者から何を引き出し、何を収集しているのか。
欧州はこの問いに、法律という形で答えを出した。EU AI Act(欧州AI規則)は、EUが2024年8月に施行した世界初の包括的なAI規制法だ。AIをリスクに応じて分類し、高リスクな用途に厳格な義務を課す。採用面接で応募者の表情や声のトーンを解析する「感情認識AI」は、職場での利用が原則禁止とされ、この規定は2025年2月からすでに適用されている。

 さらに、採用・人事評価・労働者管理に用いるAIは「ハイリスク」に分類され、2026年8月の全面適用以降、企業は透明性の確保、人間による監督、差別防止の仕組みを義務付けられる。違反した場合の制裁は、年間の全世界売上高の3%または1500万ユーロのいずれか高いほうである。

 だがこの規制の核心は、罰金への恐怖ではない。欧州が問うているのは、AIに何を学ばせているかという意思決定の問題だ。

 過去の採用実績をそのまま学習データにすれば、AIは過去の価値観を再生産する。「公平な判定」を装いながら、実際には特定の属性や出身、話し方を体系的に排除し続ける機械ができ上がる。日本企業が問うべきなのは、規制への対応ではない。欧州がなぜこの法律を制定したのか。問うべきは、その理由そのものである。

 では、日本企業はこの問いとどう向き合っているか。生成AIの全社展開を推進するクレディセゾンCTO・小野和俊氏に聞くと、人事領域については意外なほど慎重な言葉が返ってきた。

 「まずは触ってみてほしい」と社員にAI利用を推奨し、さまざまな種類のAIを社員向けに提供している。だが、人事については「採用や評価など、EUのAI法でセンシティブと分類される分野では、生成AIを気軽に使ってはいけない」と語る。個人情報の入力を全面禁止し、履歴書の要約も、評価面談へのAI関与も、制度として遮断している。

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