アメリカでは、タクシー運転手は移民の職業の代名詞だ。日本をおさらばして特派員としてニューヨークに住むにあたり、食いっぱぐれがないようにと取得しておいたのがタクシードライバーの免許だった。3年に1回、免許更新のために講習に出席しなければならないが、その教室で仲間の運転手が、昼食にアボカドの皮をその場でむいて丸ごとかぶりついていたのを見て衝撃を受けた。
アボカドはビタミンやミネラルが豊富な健康果実として知られる。クリーミーな味わいから「森のバター」とも言われる。切り分けて調理して食べるのが一般的だが、その運転手はバナナやリンゴを食べるかのようにアボカドを食べていた。さすがはニューヨークだ。アボカドの食べ方にも多様性がある。
「食べていくのがやっと」の移民にとって、栄養をどう摂取するかは重要な問題だ。手ごろな価格のアボカドは大いなる味方で、それ以来、自分もその食べ方を真似して、アボカドは丸ごとかぶりつくことにしている。
アメリカでは、そのアボカドの価格が値上がりしている。業界団体や農務省などによると2025年は販売価格で前年比約8%上昇した。大きいサイズは一時、約75%も高騰した。「トランプ関税」や干ばつなどの異常気象、世界的な需要の急増など要因は複合的だが、アボカドに関してはもう一つ「ナルコインフレーション」という特異な値上がり要因がある。「ナルコ」とは麻薬のことだ。麻薬の密売を主な資金源にする犯罪組織がアボカドの値段をつり上げているのだ。
世界最大のアボカド生産国はメキシコで、世界の出荷量の約35%を占める。アメリカの家庭の食卓にのぼるアボカドの90%はメキシコ産だ。
健康志向の高まりでこの四半世紀、アボカドの消費量は世界で爆発的に伸びた。掘れば掘るほど儲かる金のような農産物という意味で、「グリーンゴールド」と呼ばれるようになった。
このアボカドをメキシコの犯罪組織が見逃すはずはなかった。メキシコには「カルテル」と呼ばれる大小多数の犯罪組織が各地に存在する。誘拐や婦女暴行でアボカド農家を脅し、みかじめ料を吸い上げる。逆らった農民とその家族は殺害され、見せしめとしてさらされる。「カルテル」は力を誇示して農民らの暮らしを恐怖で支配するようになった。現在のアボカドの価格には、「カルテル」に払われたみかじめ料が経費として上乗せされているという訳だ。
地元ジャーナリストの分析では「カルテル」の構成員は約17万5000人。メキシコでは国内5番目の「雇用主」だという。ここまでの勢力となると、取り締まるはずの警察や軍には期待できない。汚職が蔓延し、情報は「カルテル」に筒抜けだからだ。「カルテル」と裏でつながる政治家もいるとされ、メキシコ社会から「カルテル」を締め出すことはできない。
アボカド農家の中には、武器を手に立ち上がる人々もいるが、とても対抗できるものではない。「カルテル」はこうした自警団にも入り込んで農民を懐柔する。自警団が新しい「カルテル」になってしまうことさえある。
「カルテル」の脅しに耐えきれず、恵まれたアボカド農園の経営をあきらめ難民としてアメリカに向かった人もいた。アボカド栽培が盛んなミチョアカン州でアボカド農園を営んでいたという男性は家族と従業員を守るために、1カ月2500ドル(約39万円)のみかじめ料を「カルテル」に払っていた。前年に弟が誘拐され、身代金を払ったものの、弟が戻ることはなかった。絶望の末に農地を捨てた。