「裸で水を浴びるなどの異常行動」「死刑を宣告されたが⋯」兵庫県の田舎村で強盗殺人を犯した34歳女性の【あまりに意外なその後】(昭和24年の事件)

〈「死ぬために火をつけた」兵庫県の田舎村から見つかったのは66歳女性の焼死体⋯【夫でも、放火魔でもない】彼女を殺した「驚きの犯人」(昭和24年の事件)〉 から続く【写真】この記事の写真を見る(2枚)1949年、兵庫県で起きた放火殺人事件。寝たきりの男性ではなく、逮捕されたのは近所に住む34歳の女性・山本宏子だった。生活苦の中、頼りにしていた男性の妻から浴びせられた罵詈雑言。

 さらに、宏子がその男性に対して抱いていた「実の父親ではないか」という複雑な感情が、彼女を凶行へと駆り立ててしまう。

 裁判の結果、宏子に言い渡されたのは「死刑」。戦後初となる女性の確定死刑囚となった彼女だったが、大阪拘置所での暮らしは、やがて彼女の精神を激しく蝕んでいく。

 突然裸で水を浴びるなどの異常行動――死刑への恐怖がもたらした「拘禁反応」の果てに、彼女を待ち受けていた「予測不能な運命」とは? 鉄人社の文庫新刊『 戦後まもない日本で起きた30の怖い事件 』よりお届けする。(全2回の2回目/ 最初から読む )

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実は宏子は、子供のころから気にかけてくれる福松が本当の父親ではないかと考えていた。実際、そのことを本人に何度か確認したこともあったが、福松は決して否定しなかったそうだ。

 こうした複雑な感情もあいまって、宏子は翌10日午前1時半ごろ鎌を手に再び天見家に足を運ぶ。そして寝静まった屋内で金目のものを物色していたところ、物音に気づきカネが起きてきたため咄嗟に鎌を振り上げ殺害。
現金1万8千円(現在の貨幣価値で約72万円)と101着の衣類を奪ったうえ、家に火をつけ逃走する。が、前記したようにその姿を近隣住民に見られたことで逮捕。

 ケチで知られたカネが札に1枚1枚番号を振っていたのが決め手となった。ちなみに、福松は事件の3日後、急速に体調を悪化させ亡くなった。
素直に自供する宏子の犯行動機と境遇を聞き、飾磨地区警察署の捜査員も同情的だった。しかし、強盗、殺人、放火の罪で起訴された宏子に、1949年12月26日、神戸地裁姫路支部が下した判決は死刑。この際、宏子は残された娘の名前を何度も叫び傍聴人の涙を誘ったという。

 1950年9月4日、大阪高裁は控訴を棄却し一審の死刑判決を支持。

 最高裁も1951年7月10日に上告を退け、刑が確定する。女性の確定死刑囚は戦後初のことだった。

 大阪拘置所に送致された宏子は浄土真宗の門徒となり、子供を思う俳句を詠んだりするなど模範囚として過ごしていたが、収監から3年後の1953年ごろより裸で水を浴びたり、電気が飛んでくるなど意味不明な言葉を発するようになる。

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