「前理事長が資金流用→逮捕」「テナント閉鎖が相次ぐ」…地元商店主たちが開発も衰退「茨城の廃墟モール」の悲しき顛末

ガラガラで人がいない。空き区画だらけ。BGMだけが虚しく響いている――。日本各地に、そんな「廃墟モール」が存在する。
かつて繁栄した商業施設は、なぜ廃墟になってしまったのか?  理由を探ると、7つの要因が見えてきた――この連載では、大手ショッピングモール会社での勤務歴を持ち、プライベートでも600以上のモールを巡ったライターの坪川うたさんが現地を実際に訪れてリポート。廃墟モールが生まれる理由をひもといていく。【画像23枚】発起人が資金流用、逮捕…運営会社も経営破綻した「茨城の廃墟モール」の現在の様子
■廃墟モールから“廃墟”に

 本連載では「空き区画が目立ち、買い物やレジャーを楽しむ人が少なく、モールとしての賑わいが感じられない施設」を廃墟モールとして扱っている。今回はそんな廃墟モール状態を経て閉店し、本来の意味での“廃墟”となっていたモールを取り上げる。茨城県潮来市の「アイモア」だ。

 「アイモア」はJR潮来駅から徒歩5分ほどの場所に建っている。2019年の閉店後、2023年に工場が入居するまで、建物周辺や駐車場に雑草が生い茂るような状態で放置されていた。工場跡地にショッピングモールが建てられることはよくあるが、モールの建物が工場として利用されるのは珍しい。
外観は「アイモア」時代から変わらず、今でも大きな「IMOA」の看板跡が残っている。ほかにも至るところに「アイモア」の痕跡が散らばっている。

 だが外壁には工場名が記され、駐車場にはプラスチックの物流資材が多数積まれており、建物内からは作業音が聞こえてくる。もちろんそこには働く人しかおらず、賑わいはない。

 一方で駅を挟んで「アイモア」と反対側にあるスーパーのセイミヤは、かつて専門店が入っていたであろう区画こそシャッターを降ろしているものの、地元の買い物客と思しき人たちが多数来店していた。
また筆者が訪れたのは「あやめまつり」が開催中の日曜日だったため、駅前に大型観光バスが乗り入れ、会場の水郷潮来あやめ園は多くの観光客で活気に溢れていた。川沿いに美しい景観が広がり、旅館や食事処が集積するエリアもあり、観光業が柱となっている街であることが見て取れる。

 そんな水郷のまち潮来にかつて存在した「アイモア」は、なぜ廃墟モールとなり、閉店してしまったのだろうか。

■地元主導型ショッピングセンターとしてオープン

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