5月24日、神戸市で起きた児童連続殺傷事件で当時小学6年の土師淳(はせじゅん)くん(当時11)が犠牲になってから29年となる。【写真を見る】土師守さんと、殺害された息子の淳くん淳君の父親、土師守さんは今年70歳になり、毎年、命日にあわせて出してきた手記を辞める決断をした。事件から29年、あらためて守さんに決断の理由と、今の思いを聞いた。
土師守さん:「コメントを書くということ自体もかなり精神的な負担にもなりましたので、そろそろ終わりに・・・」
MBSにこれまで寄せられた手記とともに、事件を振り返る。
▽淳君の父親、土師守さん 2001年の手記より
淳がいなくなってから4年が経ちました。
長いようにも反対に短いようにも思われます。
私たち家族は傍目から見ますと
ごく一般的な普通の家族に見えると思います。
しかしながら私達自身は以前のような生活に戻ることは
一生できないのではないかと思っています。
(中略)
被害者に対する配慮を含め改正少年法がどのように運用されるか
しっかりと見守っていきたいと思っています
1997年5月、神戸市須磨区の中学校の正門で淳くんの遺体の一部が見つかった。その後、地元の新聞社に「さあゲームの始まりです。警察諸君、私を止めてみたまえ」「酒鬼薔薇聖斗」と警察に対する挑発的な内容などが記された犯行声明文が届いた。
周辺が騒然とする中、逮捕されたのは当時14歳の中学3年生、「少年A」だった。
加害男性(元少年A)は「反社会的人格」「性的サディズム」など様々な「心の闇」を抱え、少年院で矯正教育を受けた後、2005年に社会復帰。
加害男性は出所後、毎年命日の前に、遺族に手紙を送っていたという。
当初、土師さんは手紙を読む気になれなかったというが、手紙の中から、加害男性の(事件に対する)心境の変化を探すようになった。
▽土師守さん 2011年の手記より
「良い意味で彼自身がかなり大きな変化をしたことをうかがわせる内容だと感じた」
▽土師守さん 2014年の手記より
「昨年に比べて人間として成長しているように感じました」