「殺してほしい」男が狙ったのは、そんな人ばかりだった。元警視庁捜査1課幹部が見た、SNS時代の「嘱託殺人」

記憶に強く残っている事件がある。2019年9月12日夜、東京・池袋のホテルの一室で、布団の圧縮袋とシーツに包まれた状態の女性が見つかった。【画像】近年に起きた「嘱託殺人」事件の一覧(一部)最初に異変に気づいたのは、清掃に入った従業員。「シーツに包まれた物体がある。遺体かもしれない」ーー。

この110番で事件が発覚した。【執筆・副島雅彦、編集・相本啓太 / ハフポスト日本版】
私は警視庁捜査1課の理事官(警視)として現場に臨場し、初動捜査の指揮をとった。

防犯カメラの回収や被害者が残した携帯電話の解析を急ぎ、逃走中の被疑者の特定を進めた。次の犯行が起こらないとは限らない。一刻の猶予もなかった。

捜査は、回収した防犯カメラの映像をつないで足取りを追う「リレー捜査」によって大きく進展した。

映像には、12日午後にキャリーケースを持って入室した若い男が映っていた。その後、被害女性も同じ部屋に入ったが、夜に出てきたのはその男だけだった。

さらに、その男は、徒歩でJR池袋駅方面へ移動していた。追跡の結果、関東に住む大学生の男と判明。捜査員が交代で「行動確認」を続け、男の動きを監視した。

そして、事件発覚から6日後の9月18日。警視庁はこの男を、女性の首を圧迫して窒息死させたとする殺人容疑で逮捕した。

男の自宅からは女性の所持品が見つかり、携帯電話の解析などから、被害女性に“自殺願望”があったことも分かった。

逮捕後、男は「教員採用試験に失敗し、自殺を考えるようになった」と供述。その上で、こうも語った。

「自分と同じような自殺志願者を3〜4人殺した後、自殺するつもりだった」
この男の供述を部下から聞いた時、私の胸には強い違和感が残った。

携帯電話の解析などから、被害者に自殺願望があり、男に「殺してほしい」と自ら依頼していたことは事実だ。

その場合、検察は「殺人罪」ではなく、「嘱託殺人罪」での起訴を検討するだろう。実際、被害者から「嘱託があった」ことは否定できない。

だが、それでもなお引っかかる。

嘱託殺人の法定刑は、「6月以上7年以下の懲役または禁固」。一方、殺人は「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」だ。(※現在は懲役・禁錮から拘禁刑へと移行)

この事件は、単なる「嘱託殺人」の枠に収まるものなのか。

男は「自殺志願者を3〜4人殺した後…」と供述している。つまり、「人を殺したい」という欲求が先にあり、その対象として“自殺願望のある人”を選んだ可能性がある。

言い換えれば、手っ取り早く殺人を実行するための“条件”として、自殺願望のある人に狙いを定めたのではないか。

この線は、これまでの男の行動とも一致する。

事件の約2カ月前、男はSNSで自殺願望のある複数人に対し、「自殺を手伝う」などとメッセージを送っていた。

この時は接触に至らず、未遂に終わったが、その約1カ月後、メッセージを送った相手の一人から「私を殺してくれませんか」と返信が届く。

それが、今回の被害者だった。

結果的に、迅速な逮捕によって連鎖は断ち切られた。だが、一歩間違えば、同様の事件が2件、3件と続いていた可能性も否定できない。

こうした経緯を踏まえ、私はこの事件を「嘱託殺人」としてではなく、「普通殺(通常の殺人罪)」で起訴できないか、と考えていた。

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