福岡県警が特定危険指定暴力団工藤会の壊滅作戦に着手してから11日で11年。同会の象徴だった本部事務所跡地(北九州市小倉北区)では複合型社会福祉施設の建設が進み、周囲では住宅需要も高まるなど、地域を覆っていた負のイメージは変わりつつある。下支えしたのはある市職員。報復への恐怖を乗り越え、素顔を出して「安全な街」をアピールしてきた。■ 現在の工藤会の本部事務所の跡地。複合型社会福祉施設の建設が進む【写真】小倉駅から南東に1・5キロほどの住宅街。かつて本部事務所があった地域を歩くと、新築の分譲住宅が目につく。北九州高速道路の足立インターチェンジから車で約3分。ここ数年でドラッグストアや飲食チェーン店が次々に出店し、地場不動産会社の男性役員は「今は家を建てればすぐ売れるエリア」と話す。
本部事務所はかつて「組織への忠誠心を高める拠点」(捜査関係者)とされ、定例会合などがあるたびに黒塗りの車が行き来し、組幹部や組員が一堂に会して異様な雰囲気を漂わせた。住民が近寄りがたい場所だっただけに、小倉南区長の日々谷健司さん(58)は感慨深げに語る。「昔を思えば、信じられないですよ」
変化のきっかけは、2018年にさかのぼる。
壊滅作戦が始まって以降、工藤会系組員の逮捕が相次ぎ、市民や企業を襲う事件は影を潜めていた。ある時、市幹部が「市民が取り組んだ暴追運動の成果として勝利宣言がしたい」と、県警側との会議で訴えた。
当時はトップで総裁の野村悟被告の公判が始まってもおらず、県警側は「壊滅までは時間がかかる」と後ろ向き。県警幹部は「本部事務所でも撤去できれば…」と言うのがやっとだった。市安全・安心推進課長だった日々谷さんは、その言葉を聞き逃さなかった。
本部事務所は暴力団対策法に基づく使用制限が出されていた上、固定資産税の滞納が続いていた。「事務所がお化け屋敷になってしまう前に動かなければ」。日々谷さんの発案で市はチームを立ち上げ、工藤会との交渉に当たった。
ただ、「こびりついた負のイメージ」を拭うのは容易ではなかった。30以上の企業・団体に跡地の購入を打診したが、「条件は良いが仕返しが怖い」との返答が続いた。