「証拠偽造で無期懲役」日野町事件の再審開始確定…元裁判官が怒る“長すぎる不正義”

―[その判決に異議あり!]―

1984年、滋賀県で起きた強盗殺人事件で、阪原弘さんは、無期懲役判決が確定し、その服役中に死亡した。遺族による第2次再審請求で警察の証拠の入れ替え等が問題化。’18年に再審開始が決定し、先月、最高裁が検察の特別抗告を棄却し再審開始が確定した。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「日野町事件 最高裁『再審開始決定』判断」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
1984年、酒店店主の女性が殺され金品を奪われた日野町事件が、2回目の再審請求でようやく裁判のやり直しが決まった。事件発生から再審無罪判決が出るまで58年もかかった袴田事件とも共通点が少なくない。

 警察が証拠を偽造し、無辜の人間を無期懲役の刑に仕立て上げただけでなく、再審申立後も、検察が長い間、自分たちに都合の悪い証拠をひた隠しにしてきた経緯がある。裁判所から詰められてようやく証拠を提出した後も、検察は抗告という引き延ばし作戦で抵抗。今回の再審開始決定が確定するまで長い期間を要したのだ。

 事件の実況見分調書には、犯人が金庫を捨てたとされる場所に阪原弘さんが自ら警察官を案内したと記されている。だが実際は、阪原さんは警察官にその場へ連れて行かれただけである。その帰り道に先頭を歩かせて撮影した写真を、順番を入れ替え、行き道の写真であるかのように偽造していたのだ。この証拠が重要な決め手となって阪原さんは無期懲役となった。

 検察官が、裁判所から命じられて写真のネガをしぶしぶ提出したのは’12年のことである。阪原さんが逮捕された1988年から数えると、すでに24年が経過していた。不幸なことに阪原さんはその前年である’11年に獄中で死去。ご遺族が引き継いだ再審開始申立の過程で、弁護団が残されたネガを入念に精査し、そこで偽造が発覚した。

 この前代未聞の事態を受け、大津地裁は’18年、再審開始を決定したが、ここから再び長い年月を費やすことになる。理由は、この決定に対し検察官が抗告をしたからだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする