今から74年前に起きた「菊池事件」。ハンセン病とされた男性が殺人の罪に問われ、無実を訴えながらも死刑が執行されました。熊本地裁は28日、遺族が求めた「再審」(裁判のやり直し)を認めるかどうか決定を出します。獄中で訴え続けた無実の叫びを、弁護団が引き継いでいます。
家族から獄中に届く手紙だけが心の支えでした。
「再審の却下されたる吾れなるを君よりの文 やさしさに満つ」
短歌を書き残したのは、死刑が確定した男性。無実を訴え再審(裁判のやり直し)を求めていました。男性が犯人とされたのは、1952年に県の北部にある山道で村役場の職員が刃物で殺害された「菊池事件」。この職員にハンセン病患者だと告発されたことを恨んでの犯行だとして、当時29歳だった男性が逮捕されたのです。
待ち受けていたのは、ハンセン病を理由に菊池恵楓園など事実上、非公開の場所で開かれた「特別法廷」。菊池事件を描いた映画で、その様子が再現されています。裁判官や検察官は感染予防の白衣を着て、証拠品を箸で扱ったといいます。男性が無罪を主張したにも関わらず、弁護人は争うことなく死刑が言い渡され、確定しました。
それでも男性はあきらめませんでした。獄中で読み書きを覚えて自ら再審を請求したのです。
「無実を信じ、潔白を主張し、斗う心境であります」
訴え続けた無実。しかし1962年、3回目の再審請求が棄却された翌日に、死刑が執行されました。40年の生涯でした。
■菊池恵楓園入所者自治会・太田明会長代行
「すべてを失ってしまって、自分の命まで失ったってことですよね。それは法の正義の名のもとに行われたということですからね。いろんなハンセン病問題があるんですけども、その中で最も悲劇的な事件だと僕は思っています」
菊池事件が起きた当時、国の強制隔離政策によりハンセン病は恐ろしい伝染病だと信じられていました。国がつくった、差別の壁。それを壊したのは、裁判でした。