『夫が痴漢で逮捕されました――性犯罪と「加害者家族」』(斉藤章佳・著、朝日新書)の著者は、ソーシャルワーカーとしてこれまで1000人を超える性犯罪の加害者家族に関わってきたという。日本「賃金停滞」の根深い原因をはっきり示す4つのグラフ言うまでもなく加害者家族とは、事件を起こした本人の親、パートナー、子ども、きょうだいなどを指す。欧米では「隠れた被害者(hidden victims)」とも呼ばれ、法制度や地域社会において支援の仕組みが整えられているようだ。
ところが日本ではいまだ、その認識が根づいているとは言えない。
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彼らは自分が罪を犯したわけでもないのに、「家族だから」という理由で心理的・社会的・経済的に追い詰められ、なかには自死を選ぶ人すらいます。さらに事件が性犯罪ともなれば、加害者家族には強い嫌悪感や感情的な非難が向けられ、白眼視されやすい傾向があります。(「はじめに」より)
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大切なのは彼らが抱える困難を理解し、「加害者家族も支援を必要とする存在である」という認識が広まることだ。私たちはともすれば、加害者の家族というだけで犯罪者扱いしてしまう。しかし気持ちを落ち着けて、冷静に考えてみる必要があるのだ。それはきっと無駄ではない。
そのため本書において著者は、加害者家族の置かれた実態(それは「生き地獄」とも表現できるようだ)、支援の現場、加害者家族を追い詰める「世間」や社会の問題にも着目しているのである。
具体的な事例も多く、なかには「えっ、そんなことがあるの?」と思いたくなるようなものもある。そのひとつが「妊娠中に夫が盗撮で逮捕」という項目で明らかにされている話だ。
定期検診のため病院の待合室にいた妊娠8か月のB子さんの携帯電話に、見知らぬ番号からの着信があった。不安を感じながら出てみると警察署からで、「お宅のご主人が盗撮行為で現行犯逮捕されました」と告げられたのである。
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その瞬間から、看護師としても充実した日々を送っていたB子の日常は一変した。
B子の夫は医師だった。ふたりは同じ大学病院で出会い、結婚。それぞれ異なる病院に勤務しながら、第一子を授かり、順調な生活を送っていた。このまま普通の幸せな家庭が築けると思っていた矢先の逮捕だった。
逮捕後、医師による盗撮事件として、メディアにも多数取り上げられた。夫の病院には報道関係者が押しかけ、B子の勤務先にも取材の電話が相次いだ。(36〜37ページより)
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夫は示談が成立して不起訴となったものの、勤めていた病院は解雇。再就職は困難を極めたが、経済的にはB子さんの収入でなんとか生活できる状況だったという。とはいえ、医療関係者の間では当然ながら噂が広がり、夫婦は地域を離れる決意をした。
夫の両親からは「あなたがもっとあの子のことを理解していれば」と責められ(おかしな話だ)、B子さんは離婚も考えはした。しかし、生まれてくる子どものことを考えると決断できなかったようだ。
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ある日突然、夫が性犯罪で逮捕された妻の苦しみは、父親や母親とは別次元のものです。性犯罪者の妻は「なぜ夫はそんなことをしたのか?」という疑問、同じ女性として被害者への罪悪感、夫への生理的な嫌悪感や怒りが湧き上がり、引き裂かれます。このB子さんも妻として、新たに生まれてくる子どもの母親として、そしてひとりの女性として、二重三重の苦しみに挟まれています。このような状況を加害者家族における「ダブルバインド現象」と呼んでいます。(37〜38ページより)
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