最盛期の1980年前後には100人もの娼婦がいたとされる、三重県志摩市の渡鹿野島。”売春島”の異名で知られたこの島だが、そこで働く女性たちの顔ぶれは、時代とともに大きく移り変わってきた。【写真を見る】宴会や売春で手にするカネを記したメモ、娼婦が暮らした部屋の様子
闇金に売られた債務者、ブローカーに騙された家出少女……そうしたイメージが定着するより前、島を埋めていたのはヤクザの情婦たちだった。彼女たちの間には、意外にも”売られた”という意識はあまりなかったという。そして時代が移り変わり、黄金期を迎えた島の旅館では驚きの”女性同士のショー”までも催されるようになった。
その時代を知る”A組の姐さん”によると、「私らの時代の男はね、女に売春させても”情”があった」と振り返る。この島に存在したささやかな”情”はいかにして失われていったのか。
高木瑞穂さん(Xアカウント:@takagimizuho2)の著書『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社)より、一部抜粋して紹介する。【全5回の第3回。第1回から読む】
「私らの時代に働いとったコはヤーさん(ヤクザ)の女だらけやった。ヤーさん自身の女か、ヤーさんが何処かで捕まえてきた女が多かった。『俺の為に働いてくれ』ってモンやわな。
だから、やっぱりバンス(前借り金)があるわけよ。すると、なかには腑に落ちない女もおるわけやんか。なんで男の為に『何百万も借金背負わなあかんのや』と。それで警察に飛び込まれてやられた」
報道ベースでは以降、1990年から2000年初頭にかけて定期的に摘発が行われる。この時分もヤクザの女が多かったのか。
「いや、その頃はもうヤーさんの女は少なかった。1998年に捕まった時も未成年のコが警察に飛び込んだのがきっかけやったわ」
1998年と言えば、少女(19)を売春させることを知りながら三重県志摩郡磯部町渡鹿野島の置屋『峰』にあっせんしたとして、手配師の組幹部ら3人を職業安定法違反(有害業務)の疑いで逮捕した。この事件では既に、売春防止法違反の容疑で置屋経営者の女(72)が逮捕されている。
ホストやブローカーによる騙しの手口が多かったというこれまでの取材結果からも、ママ(A組の姐さん)が売春をしていた時代はヤクザの女、その後は家出少女などへと変貌していったわけである。
それにしても、ママが売春していたこの時期、ヤクザの女たちの心理状態は異常なものだったに違いない。なにせ、男のためとはいえ、あるはずもない借金を背負わされ売春し続けるのである。