太平洋戦争中、多くの日系人が強制収容された米ハワイ最大の「ホノウリウリ収容所」を描いた絵本が、米国で関心を集めている。執筆したのは日系4世の絵本作家シャロン・フジモト・ジョンソンさん(53)。小さな貝殻に希望を託し、過酷な環境を生き抜いた祖父の実体験を基にした一冊だ。シャロンさんは「未来の世代に歴史と物語を語り継いでいきたい」と語る。(ロサンゼルス支局 増田知基)
「強くありなさい」。手錠をかけられた若い男性は、妻と幼子に向かってそう叫び、収容所へと連行された。照りつける太陽、雨ざらしのテント、粗末な食事。やせ細り、孤独に耐えながら、家族の声を求め、収容所で拾い集めた貝殻に耳を当てた――。
カリフォルニア州に住むシャロンさんは、オアフ島のホノウリウリに収容された祖父・藤本茂樹さんの実体験を英語の絵本「シェル・ソング(貝殻の歌)」にまとめた。昨年4月、米大手出版社の手で売り出されると、著名な米国の作家らから「米国史の悲劇を学べる完璧な一冊」と賛辞が寄せられた。
茂樹さんはハワイ生まれの日系2世で、日本の製品を扱う貿易会社を日本出身の父親から継いだ。真珠湾攻撃翌年の1942年、29歳の時に「敵性外国人」として連邦捜査局(FBI)に逮捕された。
渓谷にあるホノウリウリは、高温多湿で蚊が大量発生する劣悪な環境で、「地獄谷(ヘル・バレー)」と呼ばれた。強制労働以外の時間に茂樹さんが集めたのが、足元で輝く貝殻だった。ゴツゴツとしたとげのあるもの、線が刻まれたもの、花びらの形をしたもの……。マッチ箱にしまい、貝の種類の名前を紙切れに書いて残した。
45年、家族のもとに戻った茂樹さんは、呼吸器や精神を患っていた。療養しながら静かに過ごし、63年に49歳の若さで亡くなった。
シャロンさんが亡き祖父とのつながりを持ったのは10歳の頃。父のエドワードさんから、「おじいちゃんが収容所で集めたんだよ」と貝殻を手渡された。大切な物だと直感し、その後も大事に保管し続けた。