■あの夜、何が…父の記憶
「うつ伏せに、手当てらしいこともされずに、1人で倒れていた。その息子の頭側に回って、『将太、将太』、何回か名前を呼びました」【写真をみる】野球のユニフォーム姿の将太さん 神戸高校生刺殺事件最愛の息子・将太さん(当時16)が事件に遭った日の鮮明な記憶を語るのは、父の堤敏さん(67)です。
将太さんは、当時高校2年生だった2010年10月4日、神戸市の路上で見ず知らずの少年に、殺傷能力の高いナイフで何度も刺され殺害されました。
先月(7月)30日、鳥取市で開かれた講演会で、父・敏さんは「事件により失われた家族の平穏な日々」「犯人が逮捕されるまでの約11年間の闘い」そして「被害者支援の在り方」について訴えました。
■際立つ少年の犯行の残忍性
将太さんが襲われた際に、一緒にいた女子生徒の証言や現場の状況から、犯行の残忍性が明らかとなっています。敏さんは、少年による執拗な攻撃と、現場から70メートル離れた交差点まで歩いた息子の足取りに、ついて次のように語ります。
(堤 敏さん)
「女子生徒は、すぐにその場を離れて無事でした。女子生徒が逃げながら振り返ると、犯人は、その時点で息子に馬乗りになって、刃物を振り上げていたと証言しています」
「逃げようとする息子を執拗に追いかけ回して、なんのためらいもなく力いっぱい刃物を振り下ろし、切りつけ、刺して、えぐったと。そういうことも分かって、犯人の残忍性と強い殺意がうかがえます」
「襲われたあと、息子は最初に襲われた現場から70メートルほど離れた交差点まで歩いていって、その交差点の横断歩道の上に倒れました」
「交差点までの道は、まっすぐな歩道が続いているんですけども、息子が歩いた道、そのあとに残っていた血の跡は、歩道から大きく車道にはみ出して、また歩道に戻る。それを何回も繰り返し、大きく蛇行していたと聞いています」
「また、息子は交差点まで歩いている途中、何回か
『助けて、助けて』と声を出しています。
その道沿いに住んでいる方がその声を聞いていたそうです。その声は
『低く、野太い、男の人が苦しそうにうなっているような声だった』
と言っています」
「その声を聞いた人は
『事件後しばらくの間、ほんとにあの声が耳から離れなかった』と、そう話しておられます。
潰れた肺で、呼吸もできないような苦しい状態、そんな中で必死に助けを求めて声を出していたんだと思います」