90年代を代表する天才子役でありながら、25歳という若さでこの世を去ったブラッド・レンフロ。華やかなスクリーンでの活躍とは裏腹に、幼少期から過酷な環境に置かれていた彼の、光と影が交錯した短き人生を深掘りしていきます。【写真】ブラッド・レンフロ、窃盗容疑で逮捕された後のマグショット
映画『依頼人』のオーディションに参加し、5,000人以上の候補者がいた中から役を勝ち取ったブラッド。ノックスビルの貧困街から、突如、誘惑だらけの煌びやかなハリウッドへ放り込まれたブラッドは、自分を守るための防波堤を持っていませんでした。
映画デビュー前の9歳で酒を覚え、11歳で大麻を経験するなど、周囲の影響で、早くから「大人の遊び」に毒されていきます。
通常、子役が大成功を収めた場合、親が悪い誘惑から子供を守る役割を果たしますが、ブラッドの場合は、複雑な家庭環境からそれは叶いませんでした。育ての親である祖母は、彼を深く愛していても、ハリウッドという巨大なシステムの闇から彼を守る術を持っていないどころか、わずか12歳のブラッドに貧しい祖母の家計を支える重圧までも背負わせてしまったのです。
『マイ・フレンド・フォーエバー』の共演者たちは、彼が現場で礼儀正しく振る舞う一方で、どこか深い孤独を抱えていることに気づいていたそう。「処世術」という鎧で自分を守っていたブラッドですが、その中身は、誰にも甘えられない孤独な少年のままだったのかもしれません。
2000年、ブラッドは人生をより深い闇へと貶める事件を起こします。彼はフロリダで友人と酒を飲み、係留されていた4,500万円相当のヨットを盗もうとしたのです。しかし、操縦の仕方を知らなかったため、ヨットはそのまま岸壁に衝突。この事件で執行猶予判決を受けますが、そのわずか数ヶ月後には未成年飲酒で再び逮捕されてしまうことに…。
これがゴシップ誌の餌食となり、「スター、ヨットを盗もうとして座礁」「10代の逃走劇は数メートルで終了」といった見出しで、事件を面白おかしく報道。彼の問題行動は、世間のエンターテインメントとして消費されていきました。
2005年12月には、ロサンゼルス屈指の麻薬街「スキッド・ロウ」でまたも逮捕。ホームレスのような風貌で、売人からヘロインを購入しようとしたところ、その相手はロス市警の潜入捜査官でした。さらに、待ち伏せていたテレビ番組のカメラに逮捕の瞬間が捉えられ、手錠をかけられて警察車両に押し込まれる屈辱的な姿が全米に放送されてしまったのです。
「『依頼人』でスターダムに駆け上った少年が、今や路上でドラッグを乞う」という、大衆が最も刺激を受ける転落の象徴として晒し者にされました。この事件は、かつてのスターとしての彼のプライドを、決定的に打ち砕くものに。