高知東生「一人で苦しまないで、かっこ悪くなんかないよ」 “2人の自分”が一つになった瞬間生まれた「本物の覚悟」とは

10年前に違法薬物で逮捕された俳優の高知東生さん(62)。今は依存症を啓発する側に回り活動の場を広げているが、長く「認知のゆがみ」を抱え、逮捕後の歩みの中で「2人の自分」に直面し、苦しんだという。どうやって乗り越えたのか。10年をひも解く。【写真】苦しかった日々を振り返る現在の高知東生さん*  *  *

■「見せたら負け」と思っていた

 人生で初めて、子どものように声を上げて、人前で泣いた。2019年の、季節はもう忘れたが、山梨県内の薬物依存症の回復施設でのこと。回復を目指す仲間たちの「温かさ」に触れた時、自然に涙があふれた。

 高知さんが抱え続けた「認知のゆがみ」と、逮捕後の歩みの中で直面した「2人の自分」が一つになった瞬間だった。

「男は弱みを見せたら負け。男が泣くのは恥だ。精神論と根性論だけでずっと生きてきたんです。根っこが歪んでいました」と振り返る高知さん。

 物心ついたときには家に両親はおらず、祖母に育てられた。小学校の高学年の頃に母と同居するようになったが、17歳のころにその母が自殺。父は高知で有名なヤクザの親分だったが、戸籍謄本で実父ではないことを知る。本当の父も四国の他県のヤクザで、母は愛人だった。

■依存症の支援者とつながって

 複雑な家庭環境も、自分の人格形成に影響したのではないかと今では思う。

 ただ、当時は考えもしなかったという。

「母を早くに亡くして、頼る人がいない。嫌でも自立して生きていかないといけない状況で、考える余裕なんてなかった。いつだって、『負けてたまるか、乗り切ってやる』と、根性論と精神論だけに染まっていました」

 2016年6月、ホテルで愛人といたところを、覚醒剤を所持した疑いで逮捕。執行猶予付きの有罪判決を受け、すべてを失った。
事実無根の報道と、デマを信じた人たちからの激しい誹謗中傷にさらされて心が折れても、「男たるもの」がしみついた高知さんは人を頼る術を知らない。「この世界から消えてしまいたい」。そんな思いばかりにとらわれるようになり、家で毎日泣いた。勝手に涙があふれてきたのだ。

 SNSで偶然、ギャンブル依存症の支援者とつながり、薬物依存をはじめ様々な依存症の当事者たちと話す機会を得た。その中には、芸能人や元マスコミ関係者もいた。

■「会えてうれしい」と「俺の何がわかる」

 ただ、認知の歪みがここで禍いする。

《この人たちと会えて、話せてうれしい》

《お前らと一緒にすんじゃねえ。俺の何がわかる》

「2人の自分」に直面したのである。

 芸能人という特殊な仕事だから、世間一般の人にはその苦しみが分かるはずがない。勝手に壁を作っていた。

 人生の崖っぷちにいながら自己矛盾を抱えていた高知さんを変えたのは「先行く仲間たち」の温かさだった。それが、冒頭の大泣きの場面だ。

■温かさにふれた瞬間

 当事者たちのグループミーティング。20人ほどの前で、高知さんは自分の経験を話した。話す前は、心を開いていなかった。

 だが、生き直しの道で、自分より少し先を歩く「仲間たち」の反応は予想外のものだった。

 よく話したねと満面の笑顔で高知さんの手を握り、高知さんをハグし、ありのままの高知さんを受け止めてくれた。

「言葉も理屈も、そこにはありませんでした。ただ、その何とも言えない優しさ、温かさに触れた時、僕は気づいたら声をあげて泣いていました。仲間たちも、大泣きしていました」

 まとわりついていた認知のゆがみが、やっとはがれた。同時に、「2人の自分」が一つになった瞬間だったという。

■生き直しの道を歩む

 性別も、職業や立場も関係ないということ。みんな一人の人間としてそれぞれの苦しみを抱え、生き直しの道を歩んでいる仲間たちだという気付きが高知さんに生まれた。

「自分を邪魔していたもの」がはがれおちた時、高知さん自身に、生き直したいという「本物の覚悟」が生まれた。

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