鬼母容疑者 恒子容疑者【プレイバック’06】『平塚5遺体事件』1Kの部屋から遺体がゴロゴロ…“疑惑の母親”現在も残る謎

10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックをいまふたたびふり返る【プレイバック・フライデー】。今回は20年前の’06年5月26日号『平塚アパート5遺体事件 愛欲と金欲の54年間のナゾに迫った 鬼母容疑者「№1美人ホステス時代」とそれからの「狂気人生」』を取り上げる。【図解】複雑に絡み合い過ぎた家族関係…『平塚5遺体事件』相関図‘06年5月1日、神奈川県平塚市でアパートの1室から5人の遺体が発見されるという異様な事件が起きた。約6畳の1Kの部屋で借り主の杉原雅弘さん(仮名・当時35)が首を吊った状態で、黒崎真由香さん(仮名・当時19)が布団の中で絞殺された姿で発見されたのだ。室内からはさらに白骨化した幼児の遺体と腐敗した2人の新生児の遺体も見つかった。

神奈川県警は5月3日に、この部屋に住んでおり、遺体発見時に姿をくらましていた黒岩恒子(仮名・当時54)を逮捕する。真由香さんは恒子の実の娘で、雅弘さんは内縁の夫の連れ子にあたる。雅弘さんと真由香さんは異母兄妹という関係だ。

現在も謎が残るといわれる事件の背景にあった複雑な家族関係と恒子の半生に迫った記事だ。(《》内の記述は過去記事より引用、肩書は当時のもの)。

恒子の直接の逮捕容疑は実の娘である真由香さんを殺害した疑いだった。だが、狭い部屋で一緒に暮らしていて、他の4人の死にも関わっていないと考えるほうが不自然だろう。『FRIDAY』は30歳の頃の彼女の写真を入手。そこには優しい笑顔で知人の赤ちゃんを抱きしめる美貌の女性が写っていた。彼女を“鬼母”に変貌させたものは何だったのか。当時の記事ではその半生を辿っている。
《恒子容疑者の流転の半生は青森に始まる。 地元でも評判の美人だったという彼女は、10歳のとき、奥尻島で旅館を営む男性に見初められ、結婚し1男2女をもうける。しかし、 24歳のとき、勤めていたスナックで知り合った男性と不倫関係となり、二女だけを連れて函館へ駆け落ち。その後、その男性ともうまく行かなくなり、恒子容疑者は二女を連れて神奈川に転居、キャバレーで働き始めるのだ。

当時の恒子容疑者を知る人物はこう話す。

「当時はキャバレー全盛期で、客も地元の裕福な企業経営者などが多かった。彼女は背が高くてスタイルのいい、ドレスの似合ういい女。№1の人気だったという話だ。しかも、彼女は男を取り込むのがとても巧みなタイプ。 いい客をたくさん捕まえていて、贅沢な生活をしていたようだ。タクシーを乗り回し、いつも海外ブランドの服に身を包んでいたからね」》

雅弘さんの父親・Aさんと店で出会ったのはこの頃だった。Aさんは平塚市内でそば屋を営んでおり、若い頃から苦労をともにしてきた妻がいた。当初、Aさんは恒子を近所のアパートに囲っていたが、やがて店で妻と一緒に働かせるようになった。恒子に子供が生まれた頃には妻と離婚したようだ。

《そのAさんとの間に生まれたのが、今回遺体となって発見された真由香さんと、’84年12月に突如行方不明となってしまった真由香さんの兄・真一ちゃん(仮名・当時6歳)だ。身長、歯型などから、今回発見された幼児の遺体は真一ちゃんである可能性が高いとみられる》

真一ちゃんが行方不明になった当時、恒子は「買い物から帰ったら真一が行方不明になっていた」と周囲に話し、捜索願を提出。テレビにも出演して涙ながらに捜索を呼びかけていた。その姿は見事なまでに“悲劇の母”だったという。’02年頃からは「真一は北朝鮮に拉致された」と主張していたようだ。

恒子が後妻然としてそば屋に来てから、そば屋の経営は急速に傾いたという。Aさんは店を手放して’97年に亡くなってしまう。その前後から恒子は「娘がガンでカネが必要」などと嘘をついて周囲から借金を重ねるようになったという。’05年の2月には真由香さん、前夫との二女とその娘の4人で住んでいた部屋を、7万4000円の家賃を25回滞納して追われることとなる。そして真由香さんと一緒に事件現場となった雅弘さんのアパートへと転がり込んだのだった。

雅弘さんは自死したとみられ、部屋にあった遺書には〈真由香と一緒になりたかった〉などと書かれていたという。雅弘さんはなぜ死んだのか、なぜ真由香さんは殺されたのか、真一ちゃんはなぜ亡くなったのか。そして、2人の新生児の遺体の親は誰なのか。

恒子が逮捕されてもなお、事件には多くの謎が残されていた──。

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