「ガキは預かっている。500万円用意しろ。1日だけ待ってやる。警察に知らせたら“かたわ”になるか、生きては戻らない」──そんな脅迫電話がかかってきたのは、まだ7歳の男児が忽然と姿を消した直後のことだった。【写真】この記事の写真を見る(2枚)昭和44年、高度経済成長のただ中、東京・渋谷で起きた身代金誘拐事件。だが、その結末はあまりにも残酷で、常識を覆すものだった。鉄人社の新刊『 高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件 』よりお届けする。(全2回の1回目/ 続きを読む )
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1969年(昭和44年)9月10日午前8時、東京都渋谷区恵比寿1丁目の質店の長男、横溝正寿ちゃん(当時7歳)がいつものように友達と3人で渋谷区立広尾小学校へ向かっていた途中、渋谷橋交差点歩道橋の下で背後から若い男に「よおっ!」と声をかけられるや暴行を受け、そのまま連れ去られた。
パニックとなり逃げるように登校した友人から事の顛末を聞いた担任教師は驚き、午前8時半ごろ、正寿ちゃんの自宅に連絡。両親とともに親戚や知人宅、周辺を探し回ったものの見つからなかったため、午前10時ごろ、渋谷署に捜索願を提出する。
これを受けた同署は警視庁捜査1課に連絡。現場一帯を捜索するとともに、誘拐事件を視野に入れ横溝さん宅に逆探知装置を取り付けたところ、午前11時25分、若い男の声で電話がかかってきた。
「ガキは預かっている。500万円(現在の貨幣価値で約3400万円)用意しろ。1日だけ待ってやる。警察に知らせたら“かたわ”になるか、生きては戻らない。それでもよかったら知らせな、また電話する」
警視庁は身代金誘拐と断定し渋谷署に捜査本部を設置。マスコミとの間に報道協定を結んだ後、捜査員100人を動員し、極秘に聞き込み捜査を実施すると同時に、警視庁管内の全警察署と交番、外勤警官に事件内容と、正寿ちゃんの特徴を伝達する。
重要な証言は登校を共にした2人の同級生から得られた。彼らによれば、正寿ちゃんを拉致した犯人は事件の2日前、正寿ちゃん宅にほど近い恵比寿東公園で正寿ちゃんや自分たちを含む子供たちと遊んでいた若い男だという。
このことから捜査本部は、犯人が同公園で正寿ちゃんに狙いをつけ、登校時を見計らいさらったものと推定する。
逮捕はあっけなかった。翌9月11日午前0時1分、渋谷区渋谷3丁目18番地の渋谷署前の路上で、うろうろしていた若い男を捜査1課の巡査部長と渋谷署捜査係の巡査が職務質問すると、男が持っていたビニール袋を投げ出し逃走した。
ほどなく取り押さえられ、所持品を検査したところ、包みの中に正寿ちゃんの靴が入っていたことから署に連行した。
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当時19歳の男は事情聴取で正寿ちゃんを殺害し、死体を遺棄したことを自供。遺体を渋谷駅に放置した、身勝手で残酷な「犯人の正体」とは――。
「芸能人のような生活をしたかった」7歳少年を殺害した『血も涙もない誘拐犯』の正体(昭和44年の事件) へ続く