「あの日から涙の出ない日はない」。鹿児島県霧島市国分中央3丁目で2025年10月23日、山下向日葵(ひまり)さん=当時(24)=が飲酒運転の車にはねられ、亡くなった。娘を失った両親は今も悲しみの中にいる。事故から間もなく半年となる中、「飲酒運転の根絶に役立ちたい」と思いを語った。支えているのは9000人が記した署名だ。▶しらふでいるのがつまらなかった――友人から勧められ大麻を始め、MDMAにまで手を出した20代の男 留置所で気付いた「普通の幸せのありがたさ」〈法廷傍聴記〉
事故は同日午前4時20分ごろ、繁華街近くの市道で起きた。向日葵さんは複数の友人と食事をした後、道路脇で座っていた。現場は中央線のない道路。そばにいた友人が向かってくる車に気づき、両手を振って止めようとした。だが、車は突っ込んできた。
早朝6時、母親の佳代子さん(54)に警察から電話があった。急いで病院に向かい、県外に住む兄も飛行機に乗ったが間に合わず、通話で声をかけ続けた。「叫び声は病院に響き渡るほどだった」。父親の尚文さん(54)は当時を忘れられずにいる。死因は出血性ショックだった。
運転していた39歳の男は事故前に飲食店で飲酒していた。事故40分後の検査では、基準値の3倍を超えるアルコール量が出た。逮捕・起訴されたが、問われた罪名は自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(酒気帯び)。
「軽すぎる。危険運転致死の罪を問えないのか」。家族は厳罰化を求め、知人らを頼って署名を集め始めた。街頭活動は商業施設や役場に断られたものの、支援の輪は向日葵さんの友人から友人へと瞬く間に広がった。数ヶ月で約9000人分が集まった。
向日葵さんは4人きょうだいの末っ子で明るい性格。名前には、情熱を持って元気に咲く願いが込められていた。甥の世話に夢中で、「父さんみたいな人と結婚したい」と周囲に話していた…。思い出に触れるたび、やりきれない感情ばかりが募った。
尚文さんは被害者参加人として署名を携え、裁判で2回意見陳述した。検察からは「量刑判断には影響しない」と言われた。起訴の罪名も変わらなかった。それでも「男に遺族の悲しみや怒りを感じてほしかった」。
公判で男の弁護側は、向日葵さんがかがんでいた状況を考慮するよう求めた。男は車を運転しないと誓ったものの、高齢の両親をどう支えるのか問われると、再びハンドルを握りたい気持ちは隠さなかった。
判決は拘禁刑3年の実刑だった。男は傍聴席にいた遺族と目を合わせることはなかった。本当に反省したのだろうか-。佳代子さんの心には悔しさと悲しさが入り混じる。「生きていたら、伝えたかったことがもっとあったはず」。娘が使ったスリッパはまだ玄関に置いたまま。職場で管理職に就く尚文さんは気丈に振る舞うが、通勤途中にふと涙が止まらなくなる。
それでも、署名が2人の背中を押す。今、遺族として講演できないか考えている。憎しみを抱き続けるよりも、事故の悲惨さを社会に伝える方が意味があると思える。写真の中で変わらない笑顔を見せる娘を前に、2人は言う。「向日葵が『いつまでも泣かないで』と言っていると思うんです」