メキシコの麻薬カルテルの取材を行っていた、ジャーナリストの丸山ゴンザレス氏。その道中において、現地ガイドのガブリエル氏が麻薬カルテルの恐ろしい暴力の背後にあるロジックを解説してくれた。※本稿は、ジャーナリストの丸山ゴンザレス『ナルコトラフィコ』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。【この記事の画像を見る】● 現地ガイド・ガブリエル教授による 特別授業「麻薬カルテルとは何か」
車を走らせていた。目的地は、観光地カンクーン――シカラクからの長距離の移動中、エアコンの効いた車内には一定の緊張と沈黙が漂っていたが、ふいに助手席のガブリエルが口を開いた。
「今から、ドラッグの基礎知識をつけてもらいます」
その言い方は、いつになく“先生っぽい”響きだった。
彼はジャーナリストであると同時に大学教授でもある。ここまでは、現地ガイドでも、密輸事情に詳しい情報屋でも、苦い経験を共有する戦友でもあった。その多面的な顔のどれとも違う、“教壇に立つ男”の目が、この時だけははっきりと見えた。
「時間があるうちに、知識の整理をしておいた方がいい」
たしかにそうだと思った。
目の前にあるカルテルの現実は、断片的な暴力や事件の羅列として押し寄せてくる。だがそれらをつなぐ基礎知識がなければ、ただの“怖い話”で終わってしまう。
現場を歩くからこそ、あえて一度立ち止まって体系的に理解する必要がある。暴力の背後にあるロジックを、ちゃんと「講義」として教えてもらう時間が、ここにきて必要だった。
だからこの「特別授業」は、重要だった。
物語の途中であえて挟まれる“講義”には意味がある。私たちがこれから足を踏み入れる“カルテルのロジック”は、複雑で、理不尽で、しかし構造的だ。だからこそ、ここで知識を詰め込むことで、整理しておかなければいけない。
そんなわけで、ガブリエル教授による「麻薬カルテルとは何か」の特別授業が、エンジン音をBGMに静かに始まった。
● かつて麻薬の密輸ルートを 構築していた三勢力
「まずは物流の話からだ」
ガブリエルがそう切り出すと、助手席の背もたれが少し軋んだ。外はカリブの強い日差し、車内には密輸ルートの地図が広がり始める。
「ドラッグは、まずパナマから入ってくる。目的地はマイアミだ。カリブ海側のルートでは、チェトマルまで“スピードボート”のような高速船で運ばれてくる。スピード重視の小規模高精度輸送だ」
一方で太平洋ルートもある。
「オアハカに着いたドラッグはミチョアカンやハリスコを経由し、陸路や空路で北へ向かう。ゲレロに着いたブツはメキシコシティに入って、そこから先、北米方面へ。複数のルートが混在しているが、すべてはアメリカを目指している。目的は明確だ――“消費地”へ送り込むこと」
地図の上を指でなぞりながら、ガブリエルは語る。
「ここから先は歴史の話だ。覚えておいたほうがいい」
かつて、パブロ・エスコバルがコロンビアからコカインを空輸していた。その受け取りを担っていたのが、メキシコの“空の帝王”――アマド・カリージョ・フエンテスだった。
「アマドは航空機でブツをばらまいた。彼が空を制した一方で、地上を仕切っていたのがチャポだ。ホアキン・“エル・チャポ”・グスマン」
そしてもうひとつの拠点、ティファナを押さえていたのが、アレリャーノ・フェリックス兄弟。
この三勢力が時代をつくり、のちのカルテル構造を作っていった。
だが、今はもう過去の地図では通用しない。
ガブリエルは少し声を低くして、こう言った。
「今は、誰と話すかで生死が分かれる時代だ」
● 「“誰に話したか”だけで死ぬ」 メキシコ“言論空間”の現実
ハリスコ新世代カルテル(CJNG)は、チャポの息子と手を組んで、フェンタニルをアメリカへ送り込んでいる。今やメキシコは製造拠点だ。