3月24日、現役の陸上自衛官が麻布の中国大使館(写真)に忍び込み、建造物侵入容疑で逮捕されるという事件が起きた。【動画】中国大使館に侵入し逮捕された村田晃大容疑者が送検されたときの表情敷地内の植え込みから刃物が見つかったこともあり、中国メディアによる批判は今なおやんでいない。日本政府は「遺憾の意」を表明し幕引きを図ろうとしたものの、当然ながら中国政府は激怒し、「謝罪」を要求している。
「遺憾」については、1972年の日中国交正常化交渉のときも、田中角栄が日本の戦争責任について「遺憾」「迷惑をかけた」という言葉を使い、周恩来が激怒する一幕があった。
日本の政治家が何かと口にする「遺憾」という言葉。堅い言葉ゆえに聞こえはいいが、結局のところ「とても残念だ」と言っているにすぎず、外交の場においてはあまりに軽い。
日本政府は分かっていたはずのその事実を忘れ、50年前と同じ轍を踏んだと言える。
今回の事件、日本側の発表によると、容疑者の自衛官、村田晃大が大使館に侵入したのは、中国大使に日本への強硬発言を控えるよう伝えたかったためであり、刃物はいざというときの「自決用」だったという。
一方、中国側は容疑者が「神の名の下に中国の外交官を殺害する」と脅迫したと主張、日本の発表と大きなズレがある。ただ、もし殺すつもりだったなら、なぜ刃物を茂みに隠したのか。日本の発表をうのみにもできないが、中国の主張にも疑問は残る。
一体この自衛官は何をしたかったのか。思想的背景はまだ分かっていない。
ただ、警察車両で送検されていく映像を見たとき、よどみのない透き通った目をしていたのが印象に残った。自らの強い意志で実行したと感じさせる強いまなざしだった。
まるで三島由紀夫だ。私の中にそんな思いが湧いてきた。
1970年に自衛隊駐屯地で一席ぶった後、自決した三島由紀夫。国を守る任務に就いたはずの23歳の自衛官は、三島のような「英雄」になりたかったのではないか。
そして彼のような若者が現れた背景には、私が近年感じてきた日本の変化があるように思う。
日本は長らく平和国家だった。それもこれも戦後一貫して国民全員が「戦争は悪いことだ」という認識を共有してきたからだ。
毎年8月になれば、第2次大戦を題材にした映画やドラマ、アニメが放映され、「戦争はよくない」とたたき込まれる。そうした努力に私自身感心していたし、日本の平和主義は世界的にも評価されている。
しかしそんな風潮も微妙に変わりつつある。平和国家「だった」と書いたのもその微妙な変化が理由だ。
一例を挙げれば、太平洋戦争時、自爆攻撃で散っていった特別攻撃隊(特攻隊)の評価がある。かつては国にだまされた「被害者」という位置付けだったが、国のために命を懸けた「英雄」との見方が出てきている。
零戦パイロットを描いた百田尚樹氏の小説『永遠の0』もそのきっかけになったのかもしれない。
高市政権が進める保守的な安全保障政策に対し「日本を戦争する国にするのか」という批判がある半面、それを支持する層も少なからずいるようだ。
批判が正しいかはともかくとして、少なくとも「戦争反対」が日本の絶対的な価値観ではなくなってきていることには、多くの人に同意してもらえるのではないだろうか。
もしも日本が本当に「戦争する国」になってしまったら――。そうなれば中国だけでなく各国から大きな批判を受けるだろう。何十年もかけて積み上げてきた平和主義の信頼も音を立てて崩れることになる。
中東やウクライナでは現在、悲惨な戦争によって多くの市民が犠牲になっている。自分の子供たちのことを考えても、日本には決して戦争するような国にはなってほしくない。
今回の大使館侵入事件をきっかけに、そんな思いを強く抱いた。
周 来友(経営者、ジャーナリスト)