冤罪事件に巻き込まれた元厚生労働事務次官・村木厚子「東日本大震災発災1カ月後に被災地へ。避難所の人々から<予期せぬ言葉>をかけられ…」

医師で作家の鎌田實先生は、人とは違う自分らしさやユーモアを「変さ値」と表現し、「あなたらしさであり、ほかの誰も持っていない『自分だけの武器』」だと語ります。これまでさまざまな人々に「変さ値」の重要性を話してきた鎌田先生ですが、そんな中で、自分らしくあろうと挑戦している「変さ値」の高い女性たちの存在に気づいたといいます。そこで今回は、鎌田先生の著書『女の“変さ値”』より、元厚生労働事務次官・村木厚子さんのインタビューをお届けします。【写真】医師で作家の鎌田實先生(左)と元厚生労働事務次官の村木厚子さん(右)* * * * * * *

◆職場への復帰後、用意されたポストは……

村木厚子さんは厚労省の雇用均等・児童家庭局長を務めていた2009年6月に虚偽公文書の作成・行使の容疑で逮捕された。

5カ月もの勾留を経て、村木さんが保釈されたのは2009年の11月末。その後、担当検事による証拠改竄が明らかになり、冤罪だったことが認められた。無罪が確定したのは翌10年9月で、すぐさま村木さんは職場に復帰することになる。用意されたポストは局長級の内閣府政策統括官だった。

「どうやら前任者が異動になったまま空席になっていたそうなんです。もしかすると、なんとなく物事が分かっている人が、その席を埋めずにおいてくださったのかもしれません」

職場に復帰して半年が経った頃に発生したのが2011年3月11日の東日本大震災だった。

発災から約1カ月後に、村木さんは内閣府の大臣に随行するかたちで避難所となっていたビッグパレットふくしま(福島・郡山市)を訪れた。
◆被災地でかけられた予期せぬ言葉

福島の被災者一人一人の手を握り、肩を抱いて「ご不自由はありませんか。頑張ってください──」と声をかける大臣たちの後ろについて、村木さんも被災地を回った。

当時の村木さんは、不条理な冤罪事件によっていわば“時の人”だった。意外なことに、避難所の人々は口々に村木さんに声をかけたという。あ、村木さんだ。無罪でよかったね。頑張ってね──。

「皆さん、そう言ってくださったんですが、いやいや違うだろうと。私が励まされてしまったらいけないと。だけど、東京に戻ってそのときのことを弁護士の堀田力さんに話したら、思いがけないことを言われたんです。

『村木さんはいいことをした。東北の人は1カ月間、ずっと励まされて、慰められて、支えられてきた。人間っていうのはそれだけでは元気になれないんだ。村木さんを励ますことで、ちょっとだけ元気になれたはずだよ』と」

さすが堀田力さんだ。僕も堀田さんの意見に100%同意する。

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