「母子を殺害した18歳の少年」を死刑にさせない…遺族を絶望させた「21人の弁護士団」の荒唐無稽な言い分

日本には死刑制度が存在している。米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバートさんは「日弁連は死刑制度に反対しているが、死刑判決を回避するために被害者や遺族の人権が無視されることがあっていいのか」という――。【この記事の画像を見る】※ケント・ギルバート『日本の弁護士と日弁連の罪と罰』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。

■23歳の母親と11カ月の長女が犠牲に

 1999(平成11)年4月14日、山口県光市内の社宅アパートで殺人事件が発生しました。光市母子殺害事件です。

 当時18歳の大月(旧姓福田)孝行が、女性を強姦する目的で会社員・本村洋さん一家の住居に押し入りました。本村さんの妻に襲いかかりましたが、抵抗されると絞殺して殺害、そして屍姦したのです。さらに、泣きやまない当時11カ月の娘を床に叩きつけるなどした上、首に紐を巻きつけて窒息死させた。大月は財布を盗んで逃走しましたが、事件の4日後に逮捕されました。

 この事件は、未成年の少年による無慈悲で残忍な殺害の手口だけでなく、その後の裁判での弁護団によるあまりに非常識な弁護内容について、多くの国民から非難の声が上がったことでも注目を浴びました。

 また、被害者の夫であり父である本村さんが、被害者遺族の権利が守られていない日本の司法制度の問題点を、冷静かつ説得的に世論に訴え、犯罪被害者の会(後の全国犯罪被害者の会、通称「あすの会」)を設立し、さらには犯罪被害者等基本法の成立に尽力しました。この点でも、司法の歴史に残る大きな事件と言えます。

 この事件についてはジャーナリストの門田隆将氏による『なぜ君は絶望と闘えたのか――本村洋の3300日』(新潮文庫)という渾身のルポがあります。これから述べる内容についても同著を参考にしています。
■死刑回避のため、あの手この手で弁護

 この事件は、一審・二審は検察側の死刑求刑に対して無期懲役の判決でしたが、上告審である最高裁で二審判決を破棄され、高裁に審理を差し戻されました。

 そもそも被告の大月は、一審判決後に知人宛てに、「犬がある日かわいい犬と出合った。……そのまま『やっちゃった』、……これはつみでしょうか」「無期はほぼキマリでして、7年そこそこで地上にひょっこり芽を出す」と書いた手紙を出すなど、自身の犯した罪の深さと向き合っている様子が認められませんでした。

 この上告審から主任弁護人になったのが、オウム事件で松本元死刑囚の国選弁護人を務めた安田好弘氏でした。安田氏は全国から集まった21人の弁護士で大弁護団を結成し、欠席戦術を用いたり、一、二審で認めていた事実関係を一転させ、次のような荒唐無稽な主張を展開させたのです。

■「少年はドラえもんの存在を信じていた」

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○被告人に殺意はなく、被害者である母親の口をふさごうとしたら、たまたま喉に手が入って死んでしまった傷害致死事件である。

○赤ん坊に対しても、あやそうとしてヒモを蝶々結びにしたら死んでしまった。これも殺人ではなく、傷害致死であり、共に殺意は存在しなかった。

○少年が母親の死体に性的行為を行った件については、姦淫して死者に生をつぎ込んで死者を復活させる儀式を行った。山田風太郎の『魔界転生』の中に出てくる精子を女性の中に入れる復活の儀式だった。

○赤ん坊の死体を押入れに入れたのは、ドラえもんの存在を信じていて、押入れは何でも願いを叶えてくれる四次元ポケットだから、ドラえもんが何とかしてくれると思った。
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 これらの主張のあまりのデタラメさには、当時このニュースを聞いた時の怒りが、改めて甦ってきます。被告人の死刑回避のために、このような詭弁(きべん)としか思えないストーリーを作ったのは、門田氏が書いているように安田氏ら弁護団なのでしょう。

 安田氏らは、被害者の人権を、そして遺族の人権を何だと思っているのでしょうか。とにかく死刑判決を回避するために被害者側の人権を完全に無視して、荒唐無稽な論理で加害者を弁護する弁護士は、果たして弁護士法にある「社会正義を実現する」という使命をどう考えているのでしょうか。

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