国税局や証券取引等監視委員会と並ぶ東京地検特捜部の“相棒”である公正取引委員会(公取委)が、特捜部とともに軽油カルテルの強制捜査に着手した。公取委は、一罰百戒の効果を狙う特捜部への刑事告発の停滞が指摘されて久しく、「告発なし」の状態が2月終了時点で丸3年を超えたことから、その存在意義を示すためにも事件の全容解明に決死の覚悟だ。“吠えない番犬”との汚名を着せられ続けてきた公取委にとって、起死回生が果たせるのか注目だ。【写真を見る】公正取引委員会の存在意義が問われる?…軽油カルテル事件捜査の行方は
任意調査の権限しか持ち合わせていなかった公取委に、裁判所の捜索差押許可状、いわゆる「ガサ状」による家宅捜索(強制調査)の権限が与えられたのは2006年1月のことである。前年4月に成立した、改正独占禁止法に盛り込まれた。
権限付与以降の刑事告発の実績を見ると、06年1件→07年2件→08年1件。その後は09年から11年の3年間はいずれも0件となり、以降は12年から20年まで隔年で1件ずつが続いた。21年と22年は2年連続で0件となって隔年のペースは崩れ、23年に再び1件あったのを最後にパッタリ途絶えている。
ヤメ検(検察出身)の弁護士は、この間の事情について語る。
「08年11月から12年6月まで、3年半にわたって告発がなかったのは、11年の東日本大震災を挟んだ時期だったからとも言える。あらゆる行政官庁が復興支援に全力投球していたことを考慮すれば、致し方ない部分はあるだろう」
一方で独禁法に詳しい別の弁護士は「23年に刑事告発したのは東京五輪のテストイベント企画をめぐる談合。前年夏に特捜部が逮捕した五輪汚職の捜査の過程で、偶然発覚したものだ。表現は悪いが、特捜さんの手柄に便乗しただけの事件に過ぎない」と手厳しい。
特捜部は22年8月、五輪の組織委員会元理事を、スポンサー企業から賄賂を受け取っていた収賄容疑で逮捕するとともに関係先を家宅捜索。入札の際に作成されていたスポンサー企業各社の「意向リスト」を発見し、公取委とともに11月、談合容疑の再捜索に着手した。公取委OBは「ここ3年間、刑事告発はないばかりか、五輪をカウントしなければ20年12月に告発した医薬品卸談合以降、5年以上、刑事告発できていないという異常事態だった」と話す。
そもそも公取委は1974年、特捜部と事前に十分な情報交換をしないまま、石油ヤミカルテルを刑事告発。一部で無罪判決を出す“失態”を演じたことで長年、刑事告発を封印していた。独禁法違反容疑で次に刑事告発をしたのは、実に17年後の1991年。市場のお目付け役ながら「吠えない番犬」と長きにわたって揶揄されていた背景には、こうした事実がある。