あれは80年代のことだったのか。
『償い――綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』(山﨑裕侍・著、文藝春秋)のプロローグを読んだとき、まずはそう感じた。なぜだか90年代初頭のことだったと思い込んでいたのだが、記憶とはいいかげんなものである。グラフ:日本人が知らない、少年非行が激減しているという事実もしかしたら、赤の他人の私でさえ、心のどこかで忘れたいと思っていたのかもしれない。
それほど痛ましい事件だった。
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1989年3月29日、東京都江東区若洲で、ドラム缶にコンクリート詰めにされた女性の遺体が発見された。被害者は埼玉県三郷市に住む17歳の女子高校生だった。事件に関わったのは主犯格A(18)、準主犯格B(17)、自宅が監禁場所となったC(16)、監視役のD(17)など、当時16歳から18歳の少年たち。通りがかった見ず知らずの女子高校生をAが強姦目的で連れ去り、40日間にわたって足立区綾瀬のCの自宅の一室に監禁した。連日に及ぶ強姦、顔面や体を殴りつける、ライターで皮膚をあぶる、食事を与えないなど、常人なら想像もつかない非道の限りを尽くした挙句、A・B・C・Dの4人は女子高校生を殺害。遺体をドラム缶に入れてコンクリート詰めにし、空き地に棄てたのだった。(「プロローグ」より)
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著者は当時、制作会社の契約社員としてテレビ朝日系『ニュースステーション』『報道ステーション』でディレクターを務めていた人物。
17歳前後の少年たちによる犯罪が相次いでいた2000年、インターネットの掲示板に載っていた女子高校生コンクリート詰め殺人事件(以下、綾瀬事件)についての書き込みを目にする。
そこでは真偽不明な情報も含め、加害者たちが社会に出ていることが、名前や生年月日とともに明らかにされていた。著者は、彼らの「その後」を取材しようと思い立つ。
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加害者は本当に反省や更生をしているのか、今何をして、これからどうやって生きていこうとしているのか、それを自分の目で確かめたくなったからだ。ニュース番組は「速報性」が求められる。だが、次々と起きる事件に追われ、犯行の動機や背景などもわからないままニュースが画面から消えていく日々に違和感を覚えていた。まして綾瀬事件の加害者たちは同じ世代だ。同じ時代に育ちながら、なぜこうも生き方が違うのか、彼らへの「わからなさ」がむくむくと立ち上がってきた。(19ページより)
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かくして困難の多い取材がなされるわけだが、その中で明らかになったことのひとつが加害者少年たちのバックグラウンドである。父親の不在、母親の愛情への欠乏感、いじめや体罰など暴力を受けた経験と、A、B、C、Dの4人には共通する部分があったのだ。
どことなく納得もできるが、だからといってそれは理由にならない。そもそも、同じような家庭や環境で育っても、犯罪に走ることなくまじめに生活している人のほうが多いのだから。
多くの資料に目を通しても、著者を納得させる答えは見つからなかった。しかも2004年7月には準主犯格のBが知人男性への暴行、監禁容疑で再逮捕されたのだった。
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調べによると、男は5月19日午前2時ごろ、足立区花畑の路上で、同区内の知人男性(27)に因縁を付け、顔などを繰り返し殴って、金属バットなどで脅して車のトランクに押し込んだ。
約40分間走り回った後、埼玉県三郷市のスナック店内に約4時間にわたり監禁。「おれの女を知っているんだろう」などと言い、顔や足を殴るなどの暴行を加え、10日間のけがを負わせた。(137ページより)
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