1989年の1月4日に発生した、綾瀬「女子高生コンクリート詰め殺人事件」。今なお、この凶悪犯罪が人々の記憶から消えないのは、事件後、実刑に処された4人の「元少年」たちが、出所後も凶悪な犯罪を起こすなど、「少年法」の意義を世に問い続けているからであろう。【写真をみる】「コンクリート詰め殺人」実際の“監禁現場” 元「少年」が両親と暮らしていた綾瀬の一軒家その主たる加害者をA(事件当時18=主犯格)、B(同17=準主犯格)、C(同16)、D(同17)とする。
【前編】では、「週刊新潮」の記事を引き、女子高生を監禁し、絶命せしめた彼ら4人の犯行の詳細と、法廷で述べていた偽りの“反省の言葉”について記した。【後編】では、出所後の彼らの生活ぶりと再犯に手を染めるまでを詳述する。
【前後編の後編】
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事件後、はじめに再びの罪を犯したのは、準主犯格のBだった。
Bは1999年に出所した後、定職につき、結婚したものの、程なく離婚、仕事先でのトラブルで退職して以降は生活が狂い始める。そして2004年5月、都内のショップ勤務の知人に対し、「俺の女を盗ったろ。ヤクザをなめんなよ」などと脅かし、5〜6発も顔面を殴った。が、彼が指している女性は被害者にとっては見も知らぬ人物であった。そして、夜中の2時頃、車のトランクに入れられ、移動した埼玉県内のスナックに閉じ込められ、続けて暴行を受けた。解放されたのは翌朝7時。全治10日ほどの怪我を負ったという。
Bは普段から自らの忌まわしい過去を隠しもしなかったという。当時、被害者は取材(「週刊新潮」2004年7月15日号)にこう答えている。
「実は、彼が頻繁に家に来るようになって、話をしてると、あるとき、突然、“俺はなぁー、少年のとき10年もムショに入ったんだよー”って、軽い調子で、言い出すんですよ。怖くて、“何の事件ですか”、とも聞けないでいると、自分から、“綾瀬のコンクリート詰め殺人って知ってるだろ。あれだよ”って、ニヤニヤ笑いながら……。女子高生を押さえつけて髪を切ったことや、死んでしまったときのことなんかも、“タバコに火をつけてさ、その煙を、その子の鼻の下に近づけても、息をしてなかったんだよ”とか“遺体をこんな感じで、ドラム缶に入れてさ、コンクリを詰めこんで……”と、事件をまるで笑い話のようにして身振り手振りで自慢するわけです」
暴行の最中も、
「綾瀬の事件のことを持ち出して、“1人殺そうが2人殺そうが同じなんだよ。俺はな、調べられた経験があるから、警察とか検事にどう喋ったら罪が軽くなるか知っているんだ。検事をごまかすくらい簡単なんだよ”と言っていました。“どうやれば精神鑑定になるかだってわかる”というようなことも嘯いていたのです」
Bは逮捕監禁致傷容疑で逮捕、起訴され、懲役4年の実刑判決を受けた。