母は殺されたのに「なにを楽しんでるの」自責の念 突然〝被害者〟になった兄妹の過酷な日々

母から「早く来て!」という電話を受けて駆けつけた娘が見たのは、白いブラウスが真っ赤に染まって倒れていた母の姿でした。突然、母を殺された娘と息子に待ち受けていたのは、記者の想像をはるかに超える過酷な日々でした。ニュースで報じられるような事件の裏で、被害者の身に何が起こっているのでしょうか。「被害者支援」について考えました。(朝日新聞記者・折井茉瑚)【画像】亡くなった母・秀子さんの写真をもつ穂瑞さん
「事件ってこんなに起こっているんだ」

4月に記者になった私が、まず初めに驚いたのは、社会で起こっている「事件」の多さです。

事件に巻き込まれた人を支える制度は十分なのかを知りたいと、「犯罪被害者支援」の取材を始めました。

そこで、2012年にあった強盗殺人事件で母を失った栗原一二三(ひふみ)さん(64)と、穂瑞(ほずえ)さん(61)の兄妹に出会いました。

事件が起きたのは2012年8月。穂瑞さんに母の秀子さん(当時77)から、「早く来て!」という電話がかかってきました。

穂瑞さんが急いで駆けつけると、室内で倒れた秀子さんを発見しました。白いブラウスが真っ赤に染まっていました。

容疑者は逃走していて、直後から、警察捜査への協力や葬儀の準備に追われました。

2012年8月の事件を境に、様変わりした生活を穂瑞さんは、「異世界のような日々」と表現しました。

事件当日、2人は警察署で被害者の遺族として事情聴取を受けます。

捜査のため、靴や靴下は押収されました。

穂瑞さんはその日、「代わりに渡された『おべんじょサンダル』を裸足で履いて、家に帰ったんです」と語ります。

遺族になった日、足元は裸足にトイレで使われているようなサンダル。穂瑞さんはどんな思いだったのかと想像すると、心が痛くなりました。
よく耳にする「現場検証」にも、実はあまり知られていないことがあります。

指紋のように現場に残る証拠を集めていきますが、それが警察の捏造でないことを示すために、「立会人」が一つ一つにハンコを押します。

多くの場合は、「立会人」は被害者本人や、被害者の親族、難しいときは消防士などが担うそうです。

栗原さん兄妹の場合、立ち会ったのは一二三さんでした。朝から晩まで警察車両で待ち、ハンコを押し続けます。これが2週間続いたそうです。

穂瑞さんも時間に追われます。母親の銀行や郵便局の手続きに葬儀社との打ち合わせ……。やることを書き出したはがきサイズのメモ帳はびっしり埋まっていきました。

「膨大な時間の負担だった」と穂瑞さんは言います。

家族を突然奪われた苦痛に加え、体力も時間も奪われる被害者側の現実を、初めて知りました。

取材のなかで、必要だと強く感じたのは周囲の理解、とりわけ職場のサポートです。

当時、一二三さんは会社員、穂瑞さんは派遣社員として働いていました。

一二三さんは「こんな目に遭っているのだから、会社や社会が手助けしてくれるだろう」と考えていたそうです。

しかし、仕事に行けなかった期間を埋める特別な休暇はないのかを上司を通じて会社に相談すると、回答はこうでした。

「犯罪被害にあった職員への休暇制度はない」

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