筋肉をつけてもつけても、まだ足りない。アメリカ映画「ボディビルダー」(イライジャ・バイナム監督、公開中)で、俳優ジョナサン・メジャースが演じる主人公は、地方の町に暮らすアマチュアボディービルダーの青年。「夢」に向かってひたすら体づくりに励んでいるが、ずっと孤独、ずっと無名。それでもポーズを取り、「男らしさ」を演じ続けようともがく主人公の痛み、苦しみが、見る者の心をも切なく刺す。(恩田泰子)【写真】高たんぱく質、低脂肪のちくわと腹筋をあらわす「シックスパック」を合わせて商品名にした「ちっくすパック」
主人公キリアン・マドックス(メジャース)は、病気の祖父と郊外の家に2人暮らし。祖父を介護し、スーパーで働きながら、毎日過酷なトレーニングと食事制限に打ち込んでいる。憧れの人は、ボディービルディング界のスター、ブラッド・ヴァンダーホーン(マイク・オハーン)。ブラッドのように専門雑誌の表紙を飾るのが、キリアンの夢だ。
そのための猛烈な頑張りは、もはや常軌を逸しているのだが、大会での成績はパッとしない。孤独は深まり、体も悲鳴を上げる。でも、キリアンは夢を手放せず、壊れていく。
痛々しい物語だが、見始めたら目をそらすことができない。最大の理由は、メジャースが演じる、愚かしくも純粋なキリアンをどうしても突き放すことができないからだろう。
キリアンは、自分が疎外されていることを知っている。理由はいろいろ考えられるが、人種的偏見もきっとある。とにかく、キリアンは、誰も彼という人間をきちんと見ようとしない現実を変えたいと思っていて、そのために仰ぎ見られる男になろうとしている。彼自身が敬愛するブラッドのような存在に。
つまり、筋肉は、キリアンにとって、人々を振り向かせるための武器であり、彼自身を守る鎧(よろい)だ。
程度の差こそあれ、誰もが自身にとっての鎧をまとって生きているもの。だからこそ、キリアンの物語はひとごとに思えない。鎧と実像の落差が大きければ大きいほどしんどいこともよくわかるだけに。
この映画は、鎧の中にいるキリアンの傷つきやすい魂をあぶり出す一方で、ほかの男たちの鎧の下も見せていく。ボディービルダーを審査する立場にいる男の権威のメッキがぺろりとはがれる場面は、強烈な場面の一つだ。