紛争の渦中にいる人々や自然災害が起きた地域のニュースは毎日頻繁に報じられているが、犠牲者の数や政府の対応などを聞くだけでは、現地で実際に何が起きているかを想像することは難しい。【画像】“優しいミャンマー市民”はなぜ「もうスーチーさんがいなくても大丈夫」と語ったのか『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』は、私たちがなかなか知る機会のない軍政下のミャンマーの日常や、民主化のために懸命に生きる現地の人々の情熱と苦悩を伝えてくれる一冊だ。著者の西方ちひろさんに、軍事クーデター発生後の知られざるミャンマー現地の状況や、本書に込められた思いについて話を聞いた。
「紛争地の住民」と聞くと、恐怖に打ち震え、悲しみに暮れる「か弱き人々」という印象を持つかもしれない。だが本書『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』(ホーム社)に登場する人たちが軍事政権に立ち向かう姿はたくましく、鮮やかだ。
2021年2月1日にミャンマーで軍事クーデターが起きてから、まもなく5年が過ぎようとしている。このとき軍は民主化のシンボルであり、事実上の政権トップだったアウンサンスーチー国家顧問や与党・国民民主連盟(NLD)の幹部らを拘束した後、非常事態宣言を発令し、軍最高司令官ミンアウンフラインが国家の全権を掌握した。
当時、国際開発の仕事をするために現地に住んでいた西方ちひろさんは、クーデター発生直後から1年余りの間、報道では光の当たらない市民の日常や思いをSNSで発信し、ミャンマーの状況を心配する日本人や報道関係者は貴重な情報源として信頼を寄せていた。本書は、一連の投稿にクーデターが起きた背景などが加筆されたノンフィクション作品だ。
クーデターが起きた後、ミャンマー市民は、軍政の横暴に果敢に抵抗する。医療従事者や公務員らは職務を放棄する「不服従運動(CDM)」で、軍に抵抗する意思を示した。そうした人々を市民は一丸となって支援する。街に出て反軍を叫ぶデモの参加者には、有志が無料で送迎や食料を提供し、自主的に渋滞緩和のための交通整理やゴミ拾いをする人まで現れる。
本書ではこのように独創的に、ときにはユーモアさえまじえながら、軍による独裁を打ち破ろうとするミャンマー市民の勇敢な姿が描かれる。
だがミャンマーの民主主義の歴史は浅く、1962年からおよそ半世紀続いた軍事政権が終わったのは2011年、アウンサンスーチーをトップとした民主主義政権が発足したのは2016年だ。学校で民主主義について学ぶ機会もなく、さらに10年というごく短い時間しかそれを経験していない彼らが、なぜこれほどまでにみごとに団結して軍に抵抗できたのかという疑問がわく。
西方さんはその理由を、彼らが「民主主義がない状態」の恐ろしさをよく知っているからだと分析する。
「ミャンマーはかつて、公正な選挙すらおこなわれていなかった国でしたが、民主化後は自分が投じた一票が結果にきちんと反映されますし、政府を批判しても逮捕されなくなりました。賄賂を払わなくても公共サービスを受けられるし、誰でもパスポートを取得して外国に行けるようになりました。10年間であっても、『民主主義がない状態』から『ある状態』を体験したことが、それを何とか取り戻したいという原動力になっているのでしょう。それこそが彼らの強さだと思います」