俵さんが忘れがたい2冊に出会ったのは中学生時代だ。1年の時、「憧れだった」英語の先生が貸してくれたサンテグジュペリ『星の王子さま』(岩波文庫)は、年齢とともに異なる発見がある人生の伴侶となった。
「当初は登場する大人たちのばかばかしさが痛快だった」。高校生になると、王子さまがたくさんのバラより手塩に掛けた一輪を大切に思う姿に「恋愛」を見いだした。語り手は幼い頃、〈ゾウをこなしているウワバミ〉の絵を描いたのに、大人たちから〈ぼうし〉だと決めつけられ、画家の夢を諦めてしまう。子育てを始めると、「せっかくの子どもの可能性を摘んでしまうことの残念さや怖さを感じた」。
中学2年のお正月、書店で箱入りの本に目がとまった。白い箱の表から背、裏、さらに底部にわたり緑のカエデの葉が描かれている。作家で詩人、井上靖の随筆集『わが一期一会』だ。「美しい。手元に置いておきたい」とお年玉で購入した。装丁だけでなく、子どもから三好達治まで様々な人の詩に触発されてきた人生を、詩的な文章で回顧した内容にも感銘を受けた。
ある1編で井上は孫の話をつづる。街の巡査が小学校の先生同士のむつまじい仲を知り、2人が結婚したら「逮捕する」と冗談を言い、児童を喜ばせる。温かな一コマを想像し、井上は思う。〈この挿話の持っているものは詩であり、詩以外の何ものでもない〉。「ささやかなエピソードがこの人の筆にかかるとこんなきれいに立ち上がるんだと思った。詩との出会いでした」
以来、詩に夢中となり、3年になると学校でお気に入りの詩を週替わりで勝手に板書した。〈ああ智慧(ちえ)は かかる静かな冬の日に/それはふと思ひがけない時に来る〉で始まる三好の「冬の日」を書いた時は、先生から「今回の詩は素晴らしい」と褒められた。詩を作る授業で、本書の装丁の良さを表そうと腐心したこともある。「緑の表紙」「白い箱」……。言葉を駆使したものの、先生の感想は「タイトルについて書いた方がいい」。アドバイスは今も「歌人俵万智」の中に「伏流水」となって流れ続けている。「固有名詞を使い具体的に詠む傾向があるのは、この時の影響かもしれませんね」(武田裕芸)