ピンク地底人3号「おもちゃの指輪がほしいねん」(『すばる』6月号)の主人公は万引きGメン。スーパーなどを巡回し万引き犯を逮捕する保安員である。
アカリは24歳、失恋の痛手からGメンになった。小説は、語り手のアカリが「カオルさん、うちはあなたのことが大好きです」と書く場面から始まる。全編がカオル宛のラブレターという仕立てなのだ。
アカリが誤認逮捕をやらかし落ち込んでいるときに手を差し伸べてくれたのがカオルだった。優雅なカオルにアカリは魅了される。だがカオルは万引き常習犯で、アカリは逡巡の末に声掛けしカオルは逮捕される。
表面上のストーリーはそのようなものだが、問題はカオルが、アカリが幻想を投影した虚像であることだ。アカリはカオルと二度しか対面していないのである。助けてもらったときと、声掛けしたときの二回だけ。
現実と幻想の境目が崩れ善悪が溶解するような、実は狂気じみた物語なのだが、綿密なGメン描写と、関西弁の緩めな語りで、すぐにはそうとは悟らせない。なかなか心憎い作品である。
英国のコモンウェルス財団が主催する短編小説賞の地域受賞作発表が5月中旬にあった。同国の老舗文芸誌『グランタ』と連携した権威ある文学賞である。
ところが受賞作にAI作品疑惑が持ち上がった。コモンウェルス5地域から各1作地域受賞作が選ばれ、さらに全体最優秀作が選ばれるシステムなのだが、5作中3作に疑惑が出た。2作は高精度判定ツールで100%AI作と判定された。
事件は、AI小説が文学賞をせしめたというだけに留まらない事態に発展している。それは疑惑作がいずれも、いかにもポストコロニアルな代物だったためだ。
欧米の文学界では、多様性・公平性・包括性(DEI)という政治的抑圧による主題選びや書き方の画一化、質の低下が問題視されていた。疑惑作は、テンプレート化した作風を、まさになぞるものだったのだ。それもグロテスクに。
文学界を蝕んできたお題目の欺瞞が、AIにハックされ無惨に露呈した。
そんな絶望感が事態をより深刻にしているのである。
[レビュアー]栗原裕一郎(文芸評論家)
1965年生まれ。2008年『〈盗作〉の文学史』で第62回日本推理作家協会賞評論その他部門を受賞。共著で、『音楽誌が書かないJポップ批評』、『村上春樹を音楽で読み解く』『本当の経済の話をしよう』『石原慎太郎を読んでみた』などがある。
協力:新潮社 新潮社 週刊新潮
Book Bang編集部
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