1980年代に放送された学園ドラマ『3年B組金八先生』は、学校教育が抱える問題を真正面から描いた作品として語り継がれている。そこには、教師と生徒の関係性や、学校で行われる“線引き”に対する問いかけが込められていた。漫画『ドラゴン桜2』の編集を担当した西岡壱誠氏は、そんなドラマが映し出した教育観を読み解きながら、生徒の“分け方”がもたらす影響について考察していく。※本稿は、西岡壱誠『学園ドラマは日本の教育をどう変えたか “熱血先生”から“官僚先生”へ』(笠間書院)の一部を抜粋・編集したものです。【この記事の画像を見る】● 伝説として語られる学園ドラマ 「金八先生」が描いた80年代
「できる生徒とできない生徒の二極化」の対立軸がはっきり描かれたのが、「3年B組金八先生」だった。このドラマはスペシャル版も合わせて長寿番組となるわけだが、どのシリーズでも「その当時の生徒の抱える問題」について触れられていく。
最初の第1シリーズでは「中学生の出産」と「受験戦争を苦にする自殺」が描かれ、第2シリーズでは「教育困難校」がテーマに、第3シリーズでは「生徒の無気力」が描かれることとなった。その中でも、「金八先生と言えば」と言われるのが「第2シリーズ」であった。
これが「伝説」と言われるようになったのは、やはり当時の時代背景を反映し、そこに真っ向から大人がぶつかって解決していくというストーリーがお茶の間に受けたからだと言えるだろう。第2シリーズを象徴する言葉として、「腐ったミカン」というキーワードがある。これは、作中に登場する加藤という不良生徒のことを指す言葉であった。
加藤は荒れている荒谷二中から、金八先生の桜中学にやってきた問題児であり、最初は先生の話を聞こうともせず、他の生徒と問題を起こしてばかりだった。
しかしそんな加藤に対しても、主人公の金八先生は真摯に対応する。不良の溜まり場に行って、加藤を庇う暴走族関係者2人も交えて、4人で話をする。
「金八先生」vs.「現暴走族リーダー&元暴走族リーダー&加藤」という構図で、一触即発の展開であるが、金八先生はビビりながらもしっかり話をしていく。
最初は荒々しい空気だったが、途中で金八先生が「腹減ってしまったから、飯を作らせてもらえないか」と言い出し、焼きそばを作ってみんなで食べたあたりから、割と向こうも心中を話してくれるようになる。
● 教育を受ける側の権利を熱く説く 区別された側が抱く不公平感とは
金八先生は「義務と権利」の話をする。加藤は「学校に行かなければならない義務があるなんて、人権侵害だ」と言うが、それに対して金八先生は強い口調でこう言う。
「加藤、お前は、教育を受けることができる権利がある。義務じゃない。だから授業がわからなかったら、『わからないから教えてください』と言う権利があり、それに学校・先生は答えなければならない。だが授業にも来ないのに『わからない』『ついていけない』というのは筋が通らないだろう」と。
この加藤への金八先生の対応は、体当たりという他ない。不良である加藤に多少ビビりながらも、不器用でもきちんと話をしていく様子が描かれている。このような熱い先生像というのが、1980年代ではずっと続いていくことになる。
それに対して、加藤の先輩だという元暴走族のリーダーである岸本という人物がこんな話をする。
「一体人間ね、生徒を成績だけで区別できるもんなのかね。先公は、平気でこっちのことを区別しやがる。で、先生ってのは、頭がいいやつがなるだろ。だから、勉強ができないやつのことがわかんないんじゃないか。だから平気でこっちの傷つくことを言いやがる。その上タチが悪いのは、先公は権力を持っていやがる。生意気だったら停学だ、3回喫煙したら退学だって言ってくる。退学って言ったら一生モノの話だよ?横暴だよ」と。