ナチス政権下で潜伏ユダヤ人を助けた「沈黙の勇者たち」、人としての「正義」を守り続けた彼らから学べること

ドイツには「沈黙の勇者たち」と呼ばれる人々がいる。

 今から80年以上前、彼らはナチス政権下のドイツで、身の危険を顧みずユダヤ人に手を差し伸べた。【画像】ナチス政権下で潜伏ユダヤ人を助けた「沈黙の勇者たち」、人としての「正義」を守り続けた彼らから学べること「沈黙の勇者たち」とは、ホロコーストを生き延びて戦後を迎えたユダヤ人たちがのちに名付けた感謝と敬意の表現である。

 「ナチス時代のドイツで、ユダヤ人迫害はれっきとした国家政策でした。

 圧倒的多数のドイツ国民がユダヤ人の迫害に加担したり、密告を恐れて『見て見ぬふり』に終始しました。過酷な時代状況の中で、『沈黙の勇者たち』は、ナチスが喧伝する『国家の正義』よりも、『ひとりの人間としての正義』を優先した人々だったのです」

 こう語るのは筑波大学人間系教授の岡典子氏である。

 岡氏はナチス体制下のドイツに2万人以上いたとされる救援者と、彼らに救われ、生き延びた潜伏ユダヤ人の記録を2023年、『沈黙の勇者たち ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い』(新潮選書)にまとめた。

 「ユダヤ人救援者たちの多くは、ごく普通の人びとでした。彼らは工場労働者、農業従事者、主婦などでした。幼い子どもや高齢者、障がいのある人もいました。

 彼らは国家の脅しに屈せず、目の前に苦しんでいる人がいるからというシンプルな動機に突き動かされて行動したのです。

 人は極限状態に置かれた時、どう決断し、どう行動するのか。

 『沈黙の勇者たち』は、こうした問いを考えるうえで、現代日本を生きる私たちに重要な示唆を与えてくれると思います」
1933年1月、ドイツでは反ユダヤ主義を掲げるヒトラーが民主的な手続きを経て政権を掌握した。以来、敗戦によってナチスが崩壊する45年まで、ユダヤ人と彼らに心を寄せる人々にとって暗黒が続くことになる。

 ナチスが政権の座に就くと、ユダヤ人は公職を追われ、ユダヤ人経営の商店はボイコットの対象となった。その一方で、ユダヤ人に好意的であろうとするドイツ人に対してもナチスは締め付けを強化していった。34年には「悪意法」が制定され、ユダヤ人に対する支援や救援は国家に反旗を翻す犯罪となる。

 岡氏は言う。

 「41年に収容所への強制連行が開始されると、少数のユダヤ人は生き延びるため、一縷の望みをかけて地下に潜伏しました。その数は、ドイツ全土で1万人から1万2000人とされ、約半数の5000人が生きて終戦を迎えています。

 仕事、地位、財産、家族。すべてを奪われたユダヤ人に手を貸したのが、『沈黙の勇者たち』でした」

 彼らの救援方法は様々だった。ユダヤ人救援と聞けば、多くの人々は彼らを自宅などに匿い、食料を提供する行為を思い浮かべるだろう。もちろんそういう人々もいたが、それだけではない。ユダヤ人の幼い子どもを引き取り、わが子同様に保護した者もいた。名前も身分も偽って生きる潜伏ユダヤ人に対し、彼らの「嘘」を見抜きながら、何も問うことなく正規の職員として雇った経営者もいた。

 身分証明書の携帯が常時義務付けられていたナチス・ドイツにおいて、潜伏ユダヤ人が「自分はユダヤ人ではない」ことを公的に証明できるよう、偽造身分証明書の作成に力を貸す者もいた。

 「偽造身分証明書は、本物のドイツ人の身分証明書を台紙として使い、そこに偽りの情報を上書きするという方法でつくられました。ドイツ人の中には、自分の身分証明書を台紙として秘かに差し出す者もいました。彼らは教会の献金箱に、現金の代わりに身分証明書を入れました」

 救援者の中には、自らもユダヤ人である者もいた。ドイツ人女性との婚姻によって収容所移送を猶予されていたユダヤ人法律家のフランツ・カウフマンは、同胞が置かれた悲惨な現実を目の当たりにし、身分証明書の偽造を手掛ける一大ネットワークをつくった。

 法の番人であることに誇りをもっていたカウフマンは、当初は法を逸脱しない範囲での救援を試みた。だが彼はやがて自ら法を否定し、強い覚悟をもって犯罪に手を染めていく。覚悟の裏にあったのは、ナチス政権に対する絶望だった。

 「犯罪に加担することは、彼にとって法律家としての自身の半生を否定するにも等しい行為でした。それでも彼は、命の危険にさらされるユダヤ人を前に、法律上の正義よりも、『人間としての正義』を優先したのです」

 43年、カウフマンは密告によってゲシュタポ(秘密国家警察)に逮捕され、射殺された。

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