神戸児童殺傷から29年、土師淳君の父「教訓は忘れてほしくない」…犯罪被害者庁の設立求める

神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で、土師(はせ)淳君(当時11歳)が殺害されてから24日で29年になる。淳君の命日を前に、父の守さん(70)が読売新聞の取材に応じ、「子どもに対する思いは何年たっても変わらない。今後も変わることはない」と心境を語った。
守さんは今も勤務医を続け、毎朝、出勤前に仏壇に手を合わせる。日々の生活の中で、生まれてから11歳になるまでの淳君がふと目に浮かぶという。「話をしていたり、笑ったり怒ったり。たいていは、そんな場面」と話す。
加害男性(43)からの手紙は、2017年を最後に途絶え、今年も届いていない。守さんは「希望は捨てていない。なぜ殺されなければならなかったのか。ただそれだけを知りたい」と回答を求め続ける。
事件を知らない世代も増えた。「世間が事件を忘れていくのは当然。子どものことは家族が思い出とともにずっと覚えていたらいい」とする一方で、「事件で得られた教訓は、社会として忘れてほしくない」と強調する。
守さんは事件後、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」に参加するなどし、犯罪被害者への支援を求める活動に取り組み、犯罪被害者基本法の成立、被害者参加制度、凶悪犯罪の公訴時効廃止などにつながった。
今年1月、弁護士から継続的な支援を受けられる「犯罪被害者等支援弁護士制度」も始まった。社会全体で支援への理解は広がりつつあるが、「経済補償は不十分。一元的に長期的に支援できる機関をつくらないといけない」と話し、犯罪被害者庁の設立を訴える。
25年に「新全国犯罪被害者の会(新あすの会)」の代表幹事だった岡村勲弁護士が95歳で亡くなった。守さんは「大きな柱を失った。活動的にはつらい部分もあるが、自分たちのような思いはさせられない。活動は続けていく」と語った。
◆連続児童殺傷事件=神戸市須磨区で1997年2~5月、児童5人が襲われ、山下彩花さん(当時10歳)と土師淳君(同11歳)が殺害された。当時14歳だった加害男性が殺人容疑などで逮捕され、神戸家裁は医療少年院に送致する保護処分を決定。男性は2005年1月に本退院した。

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