原点はアイドル写真の模写…「反芸術」の果てにたどり着いた境地 森山安英さん、絵画への渇望

戦後の反芸術ブームの中でもひときわ過激なパフォーマンスで注目を集めた北九州市の前衛美術グループ「集団蜘蛛(くも)」の活動から半世紀余り。画家、森山安英さん(89)が3月、同市のカジキ美術画廊で開いた個展で4年ぶりに新作を披露した。芸術とは何か、絵画とは何か。悩み苦しんだ末にたどり着いた「模写」に、生涯を通した絵画への渇望が宿る。(川口安子)■3月の個展で披露した新作約40点【写真】壁一面に、赤瀬川原平さんの前衛アート「大日本零円札」(1967年)を色鉛筆でなぞった模写約40点が並ぶ。絶筆宣言をして、酒を飲むばかりだった2、3年前、知人に貸していた「大日本零円札」がたまたま手元に戻ってきた。「もう絵はやめたと、画材一切捨ててしまっていた」が、絵描きへの執着は捨てきれていなかった。「僕のどうしていいか分からん気持ちを見かねて、あの世から描いてくれって言っとるんやなと思って」。かろうじて自宅に残っていた色鉛筆と古いスケッチブックを探しだし、1日5時間、11カ月かけて描き上げた。
振り返れば、絵を好きになったのも子ども時代、アイドル写真の模写が原点だった。「絵描きの才能があると友達の評判が良いもんやから、その気になってね。あの頃、絵と僕の関係はストレートだった」

 しかし時代は純粋に絵を描くことを許さなかった。20代を迎えた1950年代後半、美術界にアンフォルメル(非定形)旋風が吹き荒れ、公募団体の絵画など既存美術を否定する反芸術ブームが盛り上がっていく。九州では前衛美術集団「九州派」が脚光を浴びた。森山さんらが68年に結成した「集団蜘蛛」は、それらの前衛美術に対しても「権威化している」とあらがった。九州派のスター的存在だった菊畑茂久馬さんの版画を無断で複製して安く売るなど、「反芸術」をさらに否定するパフォーマンスを重ねた。「結局、否定の否定の否定とやってくると、死ぬしかなくなってくる。もう嫌気が差して、早く警察、捕まえてくれと」。70年、デモ中に男性器を描いた旗を掲げるなどして逮捕され、判決が出た73年に集団蜘蛛も事実上解散した。

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