オーストラリアのシドニーで行われた、LGBTQ+のパレード「シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディグラ」をライターの松岡宗嗣がリポートする。【写真を見る】パレードの様子をダイジェストで!(全16枚)
2月末、雪の降る日本とは打って変わって、夏の陽気のなかオーストラリア最大の都市・シドニーで行われた「シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディグラ」に参加した。
性の多様性を象徴するレインボーで彩られる「プライドパレード」は、1969年6月にニューヨークで起きた「ストーンウォールの反乱」を祝う行進を契機に、LGBTQ+の権利や尊厳を讃えるパレードとして広がり、毎年6月を中心に世界各地で行われている。
1978年からはじまったシドニー「マルディグラ」は、2月に行われる世界的にも珍しい「夜のプライドパレード」だ。
まるでエレクトリカルパレードのように、カラフルな電飾で輝くフロートが次々と行進し人々を魅了する。その華やかさの裏には、複雑な社会を映し出すさまざまな衝突や葛藤があった。
「Pride(誇り)」を冠するパレードではなく、「マルディグラ」という名前も他の都市と異なる。マルディグラとは、キリスト教のカーニバルを指す言葉だが、1978年当時、主催者は抗議デモを「ストリートパーティ」として提示することで世の中に訴えようと、マルディグラという名前を用いたと言われている。
今年で48回目となるマルディグラのパレードには、約1万人が170のフロートで行進。数十万人が沿道からパレードを見守った。
午後7時すぎ、パレードの出発地点を見ていると、煙を炊くリアカーを引く数名がパレードの道をゆっくりと進み、沿道から拍手が送られていた。
これは「ファーストネイションズ(先住民)」による儀式で、煙を炊くことによって厄を払うという意味と、この土地がもともと先住民のものであることにリスペクトを示すためのものだそう。
先住民の土地を奪い植民地としてきた歴史をもつオーストラリア。その反省は今なお続き、シドニーの街を歩いていると、オーストラリア国旗に加えて、黒と赤に黄色の円が描かれたアボリジニの旗などを見ることができる。
パレードは、無数のバイクに乗ったレズビアンたちによる圧巻の「Dykes on Bikes」が続く。1976年のサンフランシスコ・プライドを発端に、世界各地のパレードでは、このDykes on Bikesが先頭を走ることが定番になっている。エイズ禍にゲイの人々を助けるため、ブッチレズビアン(男性的なレズビアン)が立ち上がったことが、パレードの先頭を走るDykes on Bikesに繋がっているという“逸話”もあるそうだ。
パレードには多くのLGBTQ+コミュニティの団体フロートが出走していたが、加えて社会的な立場の交差性を意識するフロートが多かったのも印象的だった。
中には、障害者団体、介助犬、依存症、自閉スペクトラム症、セックスワーカー、移民や難民、特にラテン系、台湾、日本人グループもそれぞれ独自の団体でパレードを行進していた。
そのほかにも、水泳やラグビー、バスケットボールといったスポーツチームや、救命救急などの医療系、シドニー市や、州の教育省、警察や国防省などもフロートを出していた。オーストラリアを代表するカンタス航空や新進気鋭のCanve、スーパー大手のColesなどの華やかなフロートも続いた。