義母を撲殺し、義父に重傷を負わせた男性が無罪になった「怖すぎる理由」

夢遊病の男性が眠ったまま殺人を犯し、裁判で「犯行時に意識がなかった」と無罪判決を受けた。実に、われわれの常識を揺さぶる事件だ。人間の行動を決めているものの正体とは何か?※本稿は、筑波大学教授の櫻井 武『意識の正体』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。【この記事の画像を見る】● 行動を起こすために必ずしも 本人の意識は必要ではない

 私たちは、「意識こそが行動を生み出している」と思っている。世界を見て、考えて、判断して、動く。そのすべてを、自分の“意識”が司っていると。だからこそ自由意志をもって自分の行動を支配下においておけるのだと。

 しかし、それは本当だろうか?

 現代神経科学は、私たちの行動の大部分が、実は「意識なしに」生じうることを示しているのだ。意識は、行動の後に“意味づけ”をするだけの語り部にすぎないのではないか?

 私たちは「行動するには意識が必要だ」と当たり前のように思っている。だが、その信念を根底から揺るがす現象がある。夢遊病、すなわち睡眠時遊行症である。

 睡眠中に調理をしたり、自動車を運転したり、さらには眠っている間に絵を描く、あるいはピアノを弾く、という信じがたい行為までが、実際に記録されているのである――。

 睡眠時遊行症は、俗称で「夢遊病」といわれるが、実は夢を見ている状態での反応ではない。むしろ、夢は見ていない深いノンレム睡眠中に起こる。患者の多くは子どもで、7歳までに4人に1人が経験する。大脳皮質は沈静化しており、意識はなく、覚醒反応もない。にもかかわらず、患者は突然ベッドを抜け出し、歩き、障害物をよけ、場合によっては階段を下りる。
睡眠時遊行症は、ノンレム睡眠中に無意識で行動をしてしまう、ノンレム睡眠随伴症(ノンレムパラソムニア)のひとつだ。

 睡眠時遊行症の多くは、発達に伴い消失することが多いが、ノンレムパラソムニアが大人で見られることもある。単に歩行するよりもずっと複雑な行動が見られることもある。

 脳波的には深い眠りの状態にありながら、感覚と運動は驚くべき連携を見せる。しかもこうした行動を本人はまったく覚えていないのだ。

● 夢遊病患者が殺人を犯しても 意識がないから罪に問えない!?

 ある女性は、真夜中にブルーベリーパイを完食し、翌朝、鏡を見て唇の青さと空の皿にようやく気づいた。まったく記憶がないという。別の女性は、冷蔵庫を開け、食材を取り出し、それを包丁で切り、コンロで加熱して料理を作っていた。

 これらは「睡眠関連摂食障害(SRED)」と呼ばれるノンレムパラソムニアの一種である。冷蔵庫を開ける、調味料を選ぶ、火を使う、といった一連の複雑な行動を“眠ったまま”こなす人がいる。それどころか、眠ったまま無意識の状態で自動車を運転することすらある。

 きわめてまれではあるが、眠ったまま殺人を犯す例さえ報告されている。

 1987年、カナダのケン・パークスという男性は、深夜に自動車を運転し、義理の両親宅へ向かい、工具で義母を撲殺し義父に重傷を負わせた。逮捕された彼は、その間の記憶を一切もたず、事件の直後に自ら警察署に出頭している。

 睡眠時遊行症の病歴があり、専門家の検証を経て「事件当時は深いノンレム睡眠中であり、意識がなかった」と結論づけられ、裁判では無罪となった。彼の“行動”は、彼の“人格”とは切り離されていたのである。

 芸術さえも“無意識”に生み出されることがある。英国・北ウェールズのリー・ハドウィンさんは、睡眠中に精緻で表現豊かな絵を描く“スリープ・アーティスト”として知られている。

 彼自身、起きているときには絵心がないと語るが、眠っている間、無意識にスケッチブックを取り出し、明確な構図と陰影を備えた肖像や風景を描き上げる。驚くべきことに、目覚めた彼は、自分が描いた絵の再現すらできないという。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする