億万長者のパートナーたちの知られざる生態に迫るこの企画。今回は、マカオのカジノ王、アルビン・チャウと不倫関係に陥り、正妻との激しいバトルの末に40億円もの手切れ金を取得したマンディ・リュウをリサーチ。現在は英国の広大な地で農場を経営しています。泥沼騒動から自然の中で暮らす実業家へと転身した、マンディの半生を辿ります。【写真】正妻との「同時期妊娠」で宣戦布告? 実は東京でモデル活動をしていたマンディ・リュウの美貌
1985年3月20日、マレーシアでアメリカ人の父と中国系マレーシア人の母の間に生まれたマンディ・リュウ。幼い頃に両親が別れたためシングルマザーの家庭で育った彼女は、17歳で単身東京へ渡り、モデルとしてのキャリアをスタートします。日本での下積み時代に培った経験を糧に、1年後には香港へと拠点を移します。
そのエキゾチックな美貌に加え、英語、中国語、日本語を自在に操る知性が評価され、瞬く間にスターダムへ。ディオールやミュウミュウといったハイブランドのキャンペーンを飾り、有名雑誌の表紙も数多く務め、特に『OLAY』の広告でアジア全域のミューズとなったことで、トップモデルとしての地位を不動のものに。映画出演や司会業なども務め、彼女は2000年代のメディアを象徴するアイコンの一人となったのです。
マンディの人生を変えたのは、マカオのカジノ王アルビン・チャウとの不倫関係に陥ったことでした。アルビンはアジア全域でカジノビジネスを展開し、約20億ドルの純資産を誇る大富豪。ですが、彼は出会った当時からすでに既婚者だったのです。ところが2014年に2人の親密な関係が報じられた際、マンディは身を隠すどころか、堂々と彼の隣で公の場に姿を現し、その存在を誇示しました。
物議を醸したのは、翌2015年にマンディがアルビンの正妻であるハイディ・チャンとほぼ同時期に妊娠したこと。マンディは、正妻が香港で出産するわずか数日前、ロンドンでアルビンとの子どもを出産。正妻への宣戦布告では?と、大きな衝撃を与えました。この一件で「最強の愛人」という俗称までもついた彼女は、その後5年にわたって不倫関係に陥り続け、4人の子どもをもうけたのです。