只見線追う郷土写真家、初めて訴える「真実の声」 奥会津の経済崩壊は自然災害でなく「人災」だった

奥会津の郷土写真家である星賢孝(ほし・けんこう)さんは只見線沿線の絶景を写真で発信し、只見線による地域活性化に奔走する日々を送る。四季折々の只見線の写真は台湾をはじめ世界中にもファンが多く、星さんの活動は『霧幻鉄道−只見線を300日撮る男』で映画化された。しかし、星さんには美しい写真にはあえて封印した思いもある。今回のインタビューでは、そんな星さんの奥底に迫ってみた。【作品を見る】郷土写真家である星賢孝(ほし・けんこう)さんが撮影した奥会津の風景とJR只見線■小泉内閣「聖域なき改革」が奥会津経済を崩壊させた
――2022年10月の只見線の運行復活から3年が経過しました。只見線の復活には、星さんの奥会津郷土写真家としての功績も大きく寄与したと思いますが、そもそもなぜ写真家としての活動を始めたのでしょうか。

 2001年から2006年まで続いた小泉純一郎内閣による「聖域なき構造改革」の影響で奥会津の経済が崩壊したことが理由です。

 ――そのような事情があったとは驚きです。

 奥会津の雇用と経済を100%支えていたのは建設業ですが、この影響で地元の建設会社の倒産が相次ぎました。当時、私は、只見線沿線の三島町の有力建設会社である佐久間建設工業で社長に次ぐナンバー2のポジションの役員を務めていました。
こうした状況の中で、建設業がダメなら観光誘客で奥会津を活性化するしかないと決断し、この20年間、必死で只見線と奥会津の絶景の写真を専門に撮影してきたわけです。そして、2011年からは体験型観光需要を創出するため地域の人々とともに「霧幻峡の渡し」をしましたが、その直後に新潟・福島豪雨で只見線とともに被災しました。

 バブル経済崩壊後、日本経済は失われた30年とも言われていますが、私はさらなる日本経済の縮小も予想して、誘客の対象をインバウンド、特に台湾に定め、2016年から台湾主体でのPR活動に傾注してきました。
■入札制度変更で建設労働者が10分の1に激減

 ――具体的にどのような政策が奥会津の経済を崩壊させたのでしょうか。

 2006年に、佐藤栄佐久福島県知事が収賄金額0円で逮捕有罪となって、冤罪同然で抹殺されましたが、この知事逮捕を受けて福島県は入札制度を指名競争入札から一般競争入札に入札方式を変更したことでした。当時の佐藤知事は原発行政に厳しく、東京電力のトラブル隠しが発覚したため2006年7月までに原発稼働を拒否し、東電管内の原発17基を停止させています。

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