1999年11月13日に名古屋市西区のアパート一室で主婦の高羽奈美子さん=当時(32)=が殺害された。奈美子さんの夫、悟さん(69)が待ち続けた瞬間は、予期せず訪れた。愛知県警捜査1課の刑事から「至急来てください」と電話があったのは昨年10月31日正午過ぎ。ただならぬ雰囲気だった。予定を早めに切り上げ、捜査本部がある警察署に車で向かった。「何だろうと思って、目はギンギラだった」。署の一室で、悟さんと向かい合ったその刑事は、目に涙を浮かべ告げた。【写真】45人死傷の相模原事件、植松聖死刑囚が拘置所のチェックをくぐり抜けた作品とは… 絞縄を首に巻き付けた人物が描かれた絵を描く死刑囚も
「26年お待たせして申し訳ございませんでした。今夜、容疑者を逮捕します」
悟さんは26年間、解決を信じ、もがき続けた。その歩みは今、同じように逮捕を信じる長期未解決事件の遺族の希望の灯にもなっている。(共同通信=渡辺敦)
▽「人生で一番幸せ」な時間は突如断たれた
事件の日は肌寒かったが、よく晴れていた。不動産関係の仕事をしていた悟さんは、奈美子さんと当時2歳だった長男を自宅に残して出勤した。2人は社内で知り合い、1995年7月に結婚。2年後には長男が誕生した。事件直前には、奈美子さんの念願だった新居のマンションの契約を済ませ、新車も購入。親子3人でディズニーランドにも出かけた。奈美子さんは「今が人生で一番幸せ」と充実した日々をかみしめていた。
いつまでも続くと思っていた日常は突然奪われた。仕事先にいた悟さんは、近所の人から「奈美子さんが倒れている」と連絡を受け、急いで自宅に向かった。
到着すると奈美子さんは血を流して廊下で倒れていた。額は腫れ、めがねはぐしゃりとつぶれていた。長男は無事で、発見当時はベビーチェアに座って汽車のおもちゃで遊んでいたという。
状況が飲み込めず、警察に死因を聞くと「首を切られています。誰かに切られたかもしれないし、自殺かもしれない」と言われた。「殺されるはずがない」。頭の整理がつかないまま、警察からの事情聴取が終わった。実家に戻る車内に流れたラジオはトップニュースで事件だと伝えていた。「これからの生活はどうなるんだろう」。先のことは考えられなかった。
▽自分が知らない情報がまだある」、血痕残るアパートを借り続け…
悟さんは事件後、名古屋市内の実家に引っ越し、現場アパートに残る遺品整理を始めた。ただ、奈美子さんとの幸せな日々を思い出すと、手が止まる。「奈美子の物を見てると片付けられなくて…。時間だけが過ぎていった」
苦悩する悟さんに、奈美子さんの母親はそっと言葉をかけた。「もう少し持っていてもいいんじゃないかな」。心がふっと軽くなった。