来年は県政150年の節目となる。県議会事務局の書庫から2年前、明治期以来の県会(県議会)に関する公文書が発見された。12月定例県議会初日の9日にリニューアルオープンする県議会資料展示室で公開してはどうか。「自由民権の地」の歴史を改めてかみしめ、政治が揺らぐ中で民主主義を固く守る誓いを新たにするきっかけとなる。
公文書は県議会傍聴者休憩室で開かれた河野広中没後百年記念展の準備を進める過程で見つかった。記念展の展示解説書によると、河野の署名が入った1881(明治14)年の議決書などで、知事部局に残る議事関係の公文書と「対」をなす議会側の記録であり、行政側の文書を中心に構成されてきた県政史に新たな視点をもたらす可能性を秘めているという。
発見後、調査・整理は進んでいない。紙史料は時間とともに劣化し、読解不能となる恐れがある。デジタル化による保存が急がれる。
今回のリニューアルで資料展示室には、議場で使われていたカーペットが敷かれ、議長の椅子を展示した。新たな史料群を展示の核に据え、解説付きで県民の目に触れられるようにすれば、民意が政治に反映されるまでの道程を知る機会が生まれる。
県会は1878年1月に公布された県独自の民会規則に基づき、全国に先駆けて同年6月に開設された。当時の自由民権運動の高まりを受け、地方自治の黎[れい]明[めい]期に住民の意思を政治に反映させる仕組みが本県に形づくられた歴史は誇らしい。
その後の県政史で三島通[みち]庸[つね]県令と自由民権運動家の河野広中らの対立は行政と議会の関係、県民の政治参加の歩みを考える上で重要だ。三島県令が強権的に進めた道路建設に対し、県議会は異議を唱えた。その結果、議員の逮捕や弾圧に至った「福島事件」(1882年)が起きた。議会勢力は県政における影響力を弱め、本県の自由民権運動は後退を余儀なくされた。
県政200年に向け、特に未来を担う子どもたちに自ら暮らす地域の政治がどのように形づくられてきたのかを知ってほしい。18歳で迎える選挙の意義を自覚する礎となる。自治の精神を次世代に引き継ぐ取り組みを県民一丸で進めていこう。(渡部純)