80代の親が50代の子供の世話をするいわゆる「8050問題」が深刻化している。’25年には団塊世代の全員が後期高齢者となり、引きこもりの子供を残したまま、親が亡くなるケースが増加しているのだ。
内閣府の’22年度の調査によれば、15~64歳のうち推計146万人、実に50人に1人が引きこもり状態(半年以上にわたって家庭にとどまり続けている状態)。年齢別は、40~64歳の引きこもりが約85万人と大きな割合を占める。⇒【写真】よこしまな欲求や衝動が起きたときは、刑務所の塀を眺め自戒するようにしているそんな働けずに社会から離れたまま年を重ねた引きこもりたちに今、「親の死」という現実が迫っている。引きこもり状態を金銭面で支えてきた親の死後、彼らはどんな現実に直面するのか?
社会との繫がりを断った「大人の引きこもり」が親亡き後に辿る過酷な現実に密着した。
「10年間も引きこもってゲーム漬けの毎日の先に待っていたのは、獄中生活でした」
刑務所の赤い塀を見上げて重い口を開いたのは飯野豊さん(仮名・46歳)だ。1年8か月の刑期を終えて’24年春に出所した。宮城県で暮らす彼が長期間の引きこもり状態になった転機は、’11年の東日本大震災だったという。
「当時は気仙沼の借家で祖母と母の3人暮らし。震災で母が右足に大やけどを負い、祖母は車椅子生活になってしまった。僕も18年続けたゴミ収集のバイトが打ち切られて、収入が途絶えるなかで2人の介護を余儀なくされました」
くわえたタバコに火をつけ、次第に行き詰まる生活の様子を飯野さんは呟き始める。
「母はアルコール依存症を患い、やがててんかん発作を起こすようになりました。24時間、目が離せないせいで僕は定職に就くこともできずに介護という名の引きこもり生活がスタート。祖母と母親の年金だけでは生活費を賄えず、祖母が僕のために貯めてくれていた300万円も1年で底を突いた。楽しげな人生を送る友達に引け目を感じて次第に連絡を避けるようになり、社会から孤立していきました」
震災から4年後に祖母が他界。喪失感に苛まれるなかで、さらに母親まで病気に倒れ、余命1年の宣告をされた。
「腎不全と肺がんの併発が原因です。本当に独りぼっちになる恐怖感と何もできない無力感からさらに引きこもり、ゲーム画面に救済を求めた。精神を壊し、家具を破壊していた当時から今に至るまで精神障害の薬は手放せません」
もう少し長生きしたかった――。4年前に他界した母の遺書に綴られた言葉だ。「少し救われました」。目をこすりながら飯野さんはそう呟いた。